ハーメルン
ネロ帝が女のわけないだろ!いい加減にしてくださいお願いしますから!!
ネロ帝が女のわけないだろ!いい加減にしてくださいお願いしますから!!
王宮の一室で女は床に寝そべりながら片手ですくった葡萄の房を一粒ずつ口に頬ばり咀嚼した。
それはまるで蛇が小さなネズミを舐めるように恐ろしげであり、女の恍惚とした表情にその行為が淫蕩なものを連想させる。
金の器にはイチジクで肥育した豚レバーやフォアグラ、生きた鶏から切り取ったトサカ、ラクダの蹄、フラミンゴの舌。古今東西の珍味がこの器に盛られている。それはまさに食という富と権力の集合体である。
女が身にまとう衣類も黄金と宝石を散りばめた一品であり、女が纏う高貴さと、尊大さからまるでこの宮殿の主人であるかのように見える。しかし女には実質的な権力はなく、あくまでこの宮殿の主人になるであろう人物の母親でしかない。
女の名前はユリア・アウグスタ・アグリッピナ。
兄と叔父と関係を持った毒婦でありながら、皇妃の座まで上り詰めた策略家。邪魔な障害となる者は悉く毒殺した。あとは娘であるネロを今は亡き皇帝の座に据えるだけであるが、ここで問題が生まれる。皇帝になるのがアグリッピナの娘という、この一点に全てが関わってくるのだ。
民衆の間でまことしやかに囁かれる自分の黒い噂。その大部分は真実ではあるが、その罪を追及されたとしても証拠などどこにもない。しかし皇帝になる上で民意とは不可欠なもの。たとえ強引にネロを皇帝に据えたとしても、その不和はいずれ大きなヒビを生じることになる。
皇帝ネロは完璧でなくてはならない。苦汁を飲まされながらも、これまで耐え忍んで来たのは全てこの時のためなのだから。
自分の醜聞を否定し、今更民の顔色を窺いながら善行をしたとしてもそれは疑惑を生むだろう。ならば、ネロが民から支持されればいい。言葉にして見れば簡単なことだが、齢15年ほどの小娘にかしずくほどローマ人の気性は穏やかなものではない。わざわざ追放刑にされた賢人と名高きセネカを呼び戻しネロの家庭教師にしたことでネロは知恵をつけた。皇帝としての器も生まれながらに持ち合わせている。あとは民意だ。誰からも皇帝に推挙される圧倒的な意思の力が必要だ。
それを可能にできる人物をアグリッピナは知っている。
その男の名はルシウス・クイントゥス・モデストゥス。ローマ大帝国一の高名な浴場技師である。彼は幼少期から多方面へ才覚を伸ばし、独創性溢れる斬新なアイデアで物作りをする青年だった。こと浴場建設においてローマ史上彼の右に出る者はいない。
彼の初作品は浴場の壁画にヴェスビオス火山の雄大な自然風景を描いたものであり奇抜で斬新な建築様式に多くのローマ市民たちが感銘を受けた。脱衣場には喜劇の告知を張り興行は連日大賑わい。なにより入浴後に飲むフルーツ牛乳なる飲み物が格別であり、ほてった体に氷でキンキンに冷やされたフルーツ牛乳が犯罪的なうまさを生んだ。
その他にも家庭用簡易風呂、露天風呂、温泉街、ナイル風浴場、スライダー式浴場、木製樽浴槽など画期的な浴場建設を行い、浴場以外にも個室水洗トイレ、歯ブラシ、新たな料理など幅広いものを発明している。
民衆や同じ浴場技師たちからも絶大な人気を誇り、ローマ市民で彼の名を知らないものはいない。
ローマ市民が、ローマが彼を愛しているのだ。
ローマの頂点に立つにはルシウスは必ず必要になる。
アグリッピナは王妃の座についた頃からルシウスにコンタクトを取っていた。いずれ生まれるであろう子供の専用浴場技師にする腹積もりだったが、彼の独り占めは市民からの反感を買うと予想すると、その考えを思いとどめただ良好な関係を築くことに専念してきた。
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