Number.05
「ああ……良かった、無事だったのね」
「お母さん! お母さん!」
さっきまでいたあの子どもが、"母親を殺されて"泣いていたあの子どもが、"母親"に抱き着いて、泣きじゃくっていたのだ。
「え? え? なんで……だって……」
「どうしたの?」
響の様子に疑問を抱いた翼が、そう聞いた。響はそれにしどろもどろになりながら答えた。
「あ、あの、私見たんです、あの口が裂けた人が、あの子のお母さんを……殺すところを……」
思い出してしまったのか、響の声は後半になるにつれて小さくなっていった。それを聞いた翼は、神妙な顔で答えた。
「……あなたが何を見たのかは知らないけれど、あの男が殺害した人の中に、あの子の母親は入ってないわ。背格好や顔だちが似た人は、数人いたらしいけど」
「何を考えて……」翼は忌々し気にそう吐き捨てた。それをしり目に、響は再びあの口裂け男のことを思い出していた。
なんであの人はあの子の母親を狙ったの? 無関係な人をあんな風に炭にしたのは、単純に間違えたからなの? そもそもなんで、あの人は私たちにあんなことをしたの?
考えれば考えるほどわからなく、頭がどうにかなりそうだった。まるで狂気に呑み込まれていくような感覚に恐怖を覚え、響は一旦考えるのをやめた。そんな時だ。あの子どもが、響に近づいてきた。泣きはらした眼をして、しかしその顔は笑顔だった。
「お姉ちゃん、助けてくれてありがとう」
「……うん、良かったね、お母さんにあえて」
「うん! ホントによかった!」
「死んじゃったのが、お母さんじゃなくて、ホントによかった!」
その子供にきっと、他意はないのだろう。きっと純粋に母親との再会に喜んでいるのだろう。しかしそれでも、響はその言葉を聞いた途端、あの男の言葉を思い出してしまった。
――誰かが死んだとき、何かが壊れたとき、それが自分に無関係だってわかったとき、"ああよかった"って言って、グチャグチャの死体を見てケラケラ笑ってるじゃないか
「お姉ちゃん?」
子供の心配そうな声を聞いて、響は我に返った。
「あ、うん……なんでもないよ、大丈夫!」
「……ごめんなさい、そろそろいいかしら?」
子どもとのやり取りをする響に対し、翼はそう言った。そろそろというのは、先程話していたことだろう。響はそう察し、今は素直に従うことにした。
「じゃあ、お姉ちゃんはもう行くね」
「うん、ばいばい!」
その子はそう言って、響を離れ再び母親の元へと戻っていった。
「では、行きましょう」
「はい……」
響はそう言って、翼たちと共に歩き始める。響はもう一度、あの母娘の方を見た。
見ると、その子は顔にかかっていた、先程まで母親だと思っていた炭を、満面の笑みで、本当の母親に拭いてもらっていた。
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