Number.06
あの騒動から、数日ほど経った。日が全くに沈み切り、暗くなった湖畔には、ボート用だったと思われる古びた、実に簡素な停泊場が細長く突き出ている。フィーネの洋館のそばにあるその場所は、雪音クリスのお気に入りの場所であり、彼女はよくここに一人で来ては、そのすべてを吸い込むような暗い湖を眺めていた。そして今この時も、彼女はそこに立っていた。
「――湖っていうのは、その大量の水で、全てを断絶するらしい」
前やってたゲームにそう書いてあったぜ。まるで子どもが知識自慢をするようにそんなことを言う声が、クリスの鼓膜を触った。クリスは今は一人ではない。彼女が苛立ったようにその声がした方を見ると、口が耳まで裂け、中折れ帽子を被った男がいた。ツギハギだ。
「んだよ、帰って来るなり……いちいち言うことが意味わかんねんだよ、お前は」
クリスは文句を言うが、彼は全く歯牙にもかけないように、何も言わずクリスの隣に立った。その時彼は、クリスのように湖を見てたのではなく、月明りもない、真っ暗な空を見ていた。数分ほど経った頃だろうか、さきに沈黙を破ったのは、クリスだった。
「――フィーネから、新しい指示が来た。"立花響"の確保だ」
彼女がそう言うと、ツギハギは無表情で、目だけを彼女の方に向けた。
「それ、捕まえてどうするわけ?」
彼はそのまま言った。その質問に、クリスは内心、少しだけ驚いた。彼がフィーネの指示の目的を――すなわちフィーネのやろうとしていることに興味を示したことは、これが初めてだったのだ。クリスは呆けていたのだろう、そうしているうちに、彼はクリスに近づき、その二つ結びの髪の尻尾を掴み、あろうことか投げ縄のように振り回して弄りだした。
「クリス? クーリース!」
「ああもう、やめろ! ――知らねえよ、でもフィーネは、これも戦争を無くすために必要なことだって言ってた。だから、やるしかないんだ」
「……へえぇ、そう」
そう言うと、ツギハギはクリスの髪を放し、実に抑揚のない声でそう答えた。クリスはいよいよ彼に違和感を覚えた。いつもなら奇妙な引き笑いと共に、皮肉なりからかいの言葉なりをかけてくるのだが、今回はそれがない。そんな彼は、彼女の心情を無視するかのように、話を続けた。
「それで? それを君がやんのかい?」
「当然だろ」
そう言いきったが、しかしクリスの表情は忌々しいとでも言うかのようだった。彼女は続ける。
「確保となりゃあ、真正面からの殴り合いになる可能性が高い。お前じゃ到底無理だ」
「殴る蹴るなんて俺も"俺の友達"も趣味じゃないね。ユーモアさの欠片もあったもんじゃない。出来たってやってなんかやるもんか」
彼は実に退屈そうにそう言い放った。事実、彼は装者のような強大な力を持っているわけではなかった。
彼には"友達"と呼んでいる名状しがたい何かが憑りついてはいるが、その"友達"の力を使ったとしても、出来ることはせいぜい不意打ちや搦め手程度で、クリスが言う真正面からの戦いには到底対応できない。彼は装者に対して逃げたり嫌がらせをすることはできても、真っ当に勝負することなど到底できないのだ。
「……なあ、ずっと思ってたけど、本当になんなんだ、お前のその……"友達"ってのは? ノイズの類じゃないのか?」
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