ハーメルン
東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.
第1話 始まりの刻 First Border
――
幻想郷
(
げんそうきょう
)
。
それは、東の国の山奥に人知れず存在する小さな秘境。
時は明治の世において、不可視の結界によって空間の一部を切り離し、外界から隔絶された領域として生み出された箱庭の世界。現代常識の裏側と呼ぶべき、失われた楽園である。
存在を否定され、
淘汰
(
とうた
)
され、人々の記憶から忘れ去られたものは『幻想』となってこの場所に流れ着く。
畏怖を失った妖怪、自然を失った妖精、あるいは信仰を失った神々。居場所を奪われた彼らは常識の世界から追放されると同時に、非常識の楽園たるこの幻想郷に導かれ、新たなる住人として認められるのだ。
やがて時は流れ、世は令和の始まり。人間たちは幻想郷に見守られながら、明治の文化を捨てることなく、妖怪の文化を取り入れた独自の発展を遂げてきた。
人間と妖怪が共に生き、互いの意味を尊重し合って豊かな均衡を保つ幻想の
郷
(
さと
)
。
しかし、恐怖も争いもない平坦な生活は妖怪の存在意義を奪い、彼らが持つ本来の力を失わせてしまう。
強大な力を持つ妖怪同士の決闘による、小さな幻想郷の崩壊を危惧したとある人間の巫女は、妖怪の本能を抑えつけることなく平和的な決闘を可能とする、極めて幻想的なルールを制定した。
命名決闘法『スペルカードルール』。
相手の命を奪うことを目的とせず、幻想の力をもって放つ技の美しさを競い合い、相手を魅せる疑似決闘。
プレイヤーは自身が持つ技を『スペルカード』という契約書に記し、それを提示することで持ち札とする。相手の技に一定数以上被弾してしまったり、提示した技をすべて攻略されてしまった者の負け、というものだ。
スペルカードルールに則った一種の決闘形式の中でも、特に弾幕という形で技の派手さを強調したものは、娯楽の少ない幻想郷に生きる少女たちに『弾幕ごっこ』と呼ばれ、些細な揉め事も簡単な決闘で解決できる遊び、あるいはスポーツのようなものとして親しまれていた。
妖怪が人間を襲い、人間が妖怪を退治する。平和な幻想郷を維持するための単純な繰り返し。そのために、妖怪が気軽に力を振るえるようになり、力の弱い人間でも妖怪と対等に戦えるようになるスペルカードルールは、今の幻想郷には必要不可欠である。
ある者は、それを「『殺し合い』を『遊び』に変えるルール」だと称した。命を奪い合う争いを、誰もが楽しめるゲームに変えた幻想の法。故に、『ルールの無い世界では弾幕はナンセンスである』。
ただ相手を殺すだけが目的なら、弾幕という美しさを用いる必要はないのだから。
◆ ◆ ◆
西暦2020年。『平成』の時代を終え、次なる元号を迎えた新時代の春。
幻想郷の最東端――内側と外側の境界に位置する小さな神社、『
博麗神社
(
はくれいじんじゃ
)
』の境内で、二人の少女が弾幕の光を散らしていた。
激しく飛び交う光弾は互いの肌を掠め、流れ弾は境内を覆うように生い茂る木々の隙間に消えていく。満開の花を咲かせた桜の木々は風に揺られ、気力と弾幕をぶつけ合う二人の決闘を盛り上げるかのようにひらひらとその花びらを落とし、境内の石畳を淡い春色に染めていった。
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