ハーメルン
女が強い世界で剣聖の息子

暖簾をくぐったすぐ目の前に、その女性はいた。
母上が出るのと同じタイミングで入店しようとしていたらしく、つんのめるように立ち止まり、驚いた様子で目を丸くした。
しかしそれもほんの一瞬のことで、すぐににっこりと笑顔を浮かべたかと思うと、深々と頭を下げた。

「……」

「……」

後頭部をじっと見つめる。
すぐに頭を上げるだろうと待っていたが、いつまで立っても上げないので妙な空気が漂い始める。
何も言わずに10秒以上。なおも頭は下げられたままだ。いつまで続くのかと顔を見合わせる。

「……なんだ、一体」

さすがの母上も困惑気味だ。
てっきり店の前ではチンピラみたいなのが群れを成していると思ったのに、蓋を開けてみれば年若く背の低い子供の様な女性と、それに付き従う四人しかいなかった。

内三人は今日一日俺たちを監視していた目つきの悪い三人である。手に武器の類は何も持っていないが、相も変わらず目つきが悪い。
チラリと母上に一瞥され、挑戦的に目つきをより一層険しくする。度胸ある。いつかの役人を思い出した。

残りの一人はと言うと、これがまた異彩を放っていた。
比較的背の高い母上よりもさらに長躯であり、その手に持っているのは2メートルはあろうかと言う長さの棒。
それに寄りかかるように立つ様は猛々しい歴戦の勇士を思わせる。この分ではさぞかし腕に覚えがあるに違いない。

思わずその人をじっと見つめてしまう。
期待やら羨望が籠った視線は余りに露骨だったらしく、その人は居心地悪そうに頬を掻いた。妙な空気を掻き消すためか咳払いを一つして依然頭を下げ続ける女性に一言発する。

「カオリ。いい加減にしな」

「……失礼いたしました」

二人の間で交わされた短いやり取りに、言葉以上の意味が込められているのを薄ら感じる。
名を呼ばれ、ようやく頭を上げた女性は微笑みを浮かべて母上に話しかける。

「あちらの馬はあなた方のものですか?」

「そうだ」

居たたまれなさが雲散したことで、母上はあからさまに胸を撫で下ろした。
それを知ってか知らずか、悠然とした所作で女性は軒先の隅を指す。
その方向には我が家のペットが二頭いた。

どちらも最初に繋いだ位置から微動だにしていない。
赤毛の馬は泰然とその場に佇み、栗毛の馬は通りがかる子供に手を振られ、僅かに尻尾を振っていた。飼い主としては、他人に尻尾を振っているのを見ると複雑な気持ちになる。

「あんなところに置いておくなんて、盗んでくれと言っているようなものですよ」

「心配ない。躾けはしてある」

「躾け?」

「少しでも危害を加えられたのなら、遠慮なく暴れるように躾けてある」

そんな躾け俺知らない。
母上は基本的に嘘は言わないから本当にそう躾けていてもおかしくはないけど。
もし本当なら、下手をすれば血の雨じゃ済まなかったと言うことだ。とんでもないことになっていたかもしれない。

「とても個性的な躾け方ですね」

「盗もうとする方が悪いのだ」

「ごもっともです」

若干引いた様子ではあったが笑顔は保っている。
腹芸が得意なタイプなのかもしれない。だが母上とは相性が悪そうだ。

[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/12

[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク
携帯アクセス解析