ハーメルン
女が強い世界で剣聖の息子

冬が来る。
予感は肌に突き刺さる木枯らしが教えてくれた。

秋と分かるものはなかった。
わずかな紅葉を見たかと思うと、山々の深緑は一斉に落葉し、枯れ葉は辺り一面に絨毯のように敷き詰められた。
一面茶色の景色に足の踏み場はなく、一歩踏み込むと否応なしに乾いた音がする。

何の気なしに脚を振り上げ、枯れ葉を撒き散らす。
ふわりふわりと踊るように落下する葉。それとは別に、くしゃりと丸まっている葉はストンと真っ直ぐ落ちる。
瞬間、視界を埋め尽くさんばかりだった枯れ葉のカーテンは、数秒たたずに全て地面に戻って行った。

その様を見て、ふと思い立つ。
瞬きの間だけ宙に浮かぶこの葉っぱたちを、剣で斬る修行を。
瞬発力や空間把握能力を養えそうである。やってみる価値はありそうだ。

もう一度脚を振り上げて木の葉を舞わせる。
刀を抜き、目の前の物を全て斬る。その調子で振り向きながら斬ろうとしたら、既に木の葉は地面に落ちていた。

「むぅ……」

己の動きを省みるまでもなく、原因は一目瞭然だった。
振るのが遅い。それだけだ。

この速度では何十と言う葉を全て斬るには到底間に合わない。
加えて、不規則に舞う木の葉を斬るのに動きを予測しているものだから、コンマに満たないロスが生じている。猶予が数秒以下であることを考えると、それはあまりに致命的だった。

思ったより難しい。
やり遂げるには地力が足りない。しかし母上ならやれると言う確信があった。
ならば出来るようにならなくてはいけない。努力あるのみ。

もう一度脚を振り上げる。
集中する。どの修業の成果か、最近は極限まで集中すると時の流れが緩やかになるようになった。
修行が無駄ではなかった証拠だ。喜ばしいが、長所があれば短所もある成果だった。

時の流れは全ての物に平等に働きかける。宙に浮かぶ枯れ葉が停止しているのなら、当然のごとく自分も停止する。例外などない。

意識は既に木の葉を斬ったつもりでいる。だが実際はまだ抜刀途中だった。
意識が先走り身体は着いて来ていない。あまりにもどかしい。お預けを食らう犬はきっとこんな気分なのだろう。

主観では分からなかったが、剣速は常に最速を維持した。視界に収まる全ての木の葉を把握し、刀は最短を突き進む。
それでもなお足りない。目の前のことはいい。十分に対処できる。しかし死角はどうしようもない。
振り向かなければ分からない。だが目で見て脳で処理する時間がもったいない。そんなことをしている間に木の葉はゆっくり地面に吸い込まれていく。
諦め悪く地に落ちる直前の葉を一枚両断したが、落ちてから斬ったのかそれとも直前で斬れたのか、何とも判別付きにくかった。

まだ遅い。遅すぎる。
もっと速く剣を振るうにはどうしたらよいか。
身体能力は一朝一夕ではどうにもならない。地道な鍛錬を続けるしかないのは分かっている。
しかし、どれだけ鍛えたとしてもいずれ限界はやってくる。この世界では俺が思っているよりもずっと早くにやってくるだろう。
身体能力の差を覆すには他の何かが必要だ。母上の教えには反するが、地力ではなく全く別の武器を磨く必要がある。

例えば、条件反射で考える前に身体を動かせられれば、脳を介す必要はなくなる。その分だけ速く動ける。速く動くことだけを考えるのなら、それもありだ。

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