第7章
「織斑くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」
朝。織斑一夏が教室で席につくなりクラスメイトに話しかけられた。
入学から数週間、それなりに経験も積んで女子とも話せるようになったことは、入学初日にイギリス代表候補と口論した末、決闘沙汰にまだ及んでしまった彼としては大いなる前進と呼ぶべき偉業であったことだろう。
「転校生? 今の時期に?」
「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」
「ふーん」
気のなさそうな返事をする一夏。興味がないわけではないのだが、セシリアとの決闘が決まるまで代表候補生という存在そのものを知らなかった彼としては肩書きだけきかされてもピンと来てくれない。そんな心理によるものだった。
「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」
幼なじみがクラスメイトとの話に乗ったことに気付いて、慌てて自分の席に向かっていた途中から引き返してきた篠ノ之箒が冷静さを装いながら、一夏の意識を中国代表候補生とか言う『別の女』から逸らすための言葉を紡ぎはじめる。
最近の彼女は、片思いの幼なじみがクラスメイトの女子生徒に話しかけられても、今までのように分かり易く慌てふためくことをしなくなったので焦りを感じていた。
『昔のままの一夏でい続けて欲しい』と願う彼女にとって、変化や成長は必ずしも歓迎すべきことではない。良い変化なら望ましいが、臨まぬ悪い方向への変化なら全力で阻止したい。
それが箒にとっての偽らざる本心だった。嫉妬深い女の独占欲、と呼ばれても仕方のない心情であったかもしれないが、彼女がそういう愛し方しかできない女であるのも嘘偽りなき事実であるので断定は難しい。
「真実は個人に一つずつあるんだ。事実と一致しないからといって、嘘だとは言い切れないね」
かつてヤン・ウェンリーは非保護者であり戦略戦術の弟子でもあるユリアン・ミンツ少年にそう語ったことがある。
故ブルース・アッシュビー提督の最初の夫人は、六十年以上前に戦死した元夫から送られてくる“自分で出した手紙”を待ちわびながら毎日を幸せそうに過ごしていた。
事実よりも真実のほうが必要な人も世の中には実在しているものだ。彼女の事実ではない真実が、本当に嘘なのかどうか判断するのは今少し時を置いてからでも遅くあるまい。
「ふん・・・今のお前に女子を気にしている余裕があるのか? 来月にはクラス対抗戦があるというのに」
ムスッとしたまま不機嫌そうに箒が言う。
彼女が言うクラス対抗戦とは、読んで字の如くクラス代表同士によるリーグマッチのことを指している言だ。
本格的なIS学習がはじまる前に、スタート時点での実力指標を作るためにおこなわれる、入学したばかりの一年生にとって最初の大規模イベントである。
が、言うまでもなくクラスから選出された強者一人の力を見たところで、クラス全体の強さを測る指標としては役立たない。一番強い兵士ではなく、一番弱い兵士を基準として作戦を立案するのが軍事学上の基本でもある。
本当の目的は、大規模なイベントをおこなうことにより半強制的に他クラスとの交流をせざるを得ない状況を作り出し、優勝賞品を出すなどの小細工をすることによりクラス内では団結を強めさせる、と言うのが主目的の学校行事だった。
なにしろ国籍問わず門扉を開いている、世界で唯一のIS操縦者育成機関だ。地元の中学校で仲の良かった同級生と一緒に入学して来れた幸運な生徒など数えるほどもいるまい。
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