ハーメルン
jail
10


「ジータ!」
 ルリアの声を聞きながら、ジータは全力で男に突進した。
 不意打ちは成功し、男がバランスを崩して倒れ込む。手からナイフが転げ落ちた。
 ジータはそのままルリアに駆け寄ると、その体を強く抱きしめた。
「ごめんね、ルリア! ルリア!」
「ジ、ジータ?」
 ルリアが驚いた表情でジータを見る。その左手に、ルリアはシェロから受け取った鍵を握らせた。
 刹那、髪を掴まれて持ち上げられる。
「い、痛い!」
 そのまま放り投げられ、ジータは地面に倒れ込んだ。抜けた金髪が数本、キラキラと光って落ちる。
 立ち上がろうとしたらすぐそこに男がいて、思い切り肩を踏みつけられた。
「うぐぁっ!」
 刺すような痛みが全然を貫く。今の一撃で骨を砕かれなかったのは、日頃の鍛錬の賜物だろう。
 さらに爪先で腹を蹴られると、ジータの体は浮かび上がって、壁に叩き付けられた。
 体中が痺れ、手も足も動かない。ジータは顔だけで男を見上げた。
「どうやって抜け出したのかはわからないが、まあ、ちょうど良かった」
 平然とそう言いながら、男は一度台の方に歩くと、壺と肉塊を持って倒れているジータの傍に座った。
 目の前に置かれた壺は、真っ赤な液体で満たされている。もはやルリアの血なのは明白だった。
「ひょっとしたら、余計な調理をしたのがいけなかったのかもしれない。肉は、鮮度が命だからな」
「お、お前は、狂ってる……!」
「それを決めるのはお前ではない」
 口の中に無理やり壺の液体を流し込まれた。
 慌てて口を閉じると、ジータの顔が真っ赤に染まる。
「口を開け」
 鼻をつままれ、口をこじ開けられる。血の匂いが口の中に広がって、ジータは噎せた。
 無理やり飲まされた血が、胃の中に落ちていくのがわかる。
「げほっ、がはぁっ!」
「次は肉だ」
 言いながら、男は肉塊を片手で掴み、ジータの口の中に押し込んだ。
 感覚の戻ってきた手足をばたつかせると、一度強く腹を殴られて、ジータはそれに屈する。
 生暖かい生肉に歯が食い込む。噛んだところから何か液体が滲み出して、ジータは気持ちが悪くなった。
 顔をしかめると、男がやはり感情のこもらない、淡々とした口調で言った。
「どうした? シチューは旨かったんだろう?」
 言いながら、さらに肉を押しこんでくる。
 生々しい動物的な肉の匂いが、喉から鼻に抜けて、眩暈がした。
 美味しいものか。
 今思えば、自分はルリアの目の前で、ルリアの肉を美味しそうに頬張ったのか。あの日の自分を殴ってやりたい。
 だが、今はそれどころではない。ジータは両手で男の腕を持ち、とにかく口を解放しようとした。
 しかし逆に手首を捻られ、顎が外れるほど開かれる。
「んー! んーーーっ!」
「いいから食え」
 大声で怒鳴られる。ジータは息苦しくなり、やむを得ず何度か噛んで飲みこんだ。
 味などわからない。それよりも、ただひたすら背徳感に苛まれる。大事な友達の、今や文字通り命を共有している仲間の体を食べている。
 ジータは暴れた。暴れては殴られ、ルリアの肉を食わされる。
 男の力は強く、抵抗するだけ無駄だった。それでもジータはとにかくもがき、声を出し、痣だらけになりながら暴れた。
 そうする必要があった。
 こんな状況なのに、先ほどからルリアが一言も発していないことを、男が不自然に思わないように。

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