2 無の瞑想
旅とは言っても、別段、数日ほど馬車に揺られるのみだが。
この世界は『狭い』のだ。各大陸は日本列島をモチーフにされているが、実際の総面積も日本とそう変わらないのではないか。地図の縮尺、実際の旅程――リュンナはそう感じる。
それでも楽な旅ではない。魔王ハドラーによる地上侵略中の今、そこかしこに凶暴な魔物が跋扈している。
大半の魔物は、馬車を守る近衛の上等な装備や覇気を見て逃げていくが、そんな弱小ばかりではないこともまた当然。日に1~2度ほどは戦闘になる。
その戦闘の全てにおいて、リュンナには出番がなかった。近衛で充分だった。
ミーハー根性で修行しているのみで実戦経験のないリュンナとしては、こうして外に出た以上は経験を積みたいという考えもあり、一方で「でもやっぱ戦うの怖いよね」という思いもあり、何とも悶々とした時間を過ごすハメになった。
こんなときには瞑想だ、瞑想に限る。
リュンナは馬車内の座席で胡坐を掻き、目を閉じた。
この世界の瞑想は上下逆さの姿勢で行う場合もあるが、そうするとスカートが思いっ切りめくれてしまうので避けた。それをするのは、部屋でひとりのときのみだ。
「リュンナさまー! ご覧になりましたか!? おおありくいを一撃で――」
「バカ静かにしろ、瞑想なさっている」
いや別にいいよ、そのくらいで途切れるほどヤワな集中してないから。
そう思って片手をひらひら振ってみせたが、近衛らは逆の意味に捉えたのか、敬礼して静かに馬車の護衛に戻っていった。
進みを再開する馬車に揺られながら、集中を深める。
思い出す――できれば思い出したくはないが――前世の死に際を。
いや、本当に詳しく思い出したくない。車に轢かれたですらない、何もないところで独りで勝手に転び、頭の打ち所が悪くて死んだなどと……!
ともあれしかし、リュンナは死の感覚を知っているということだ。死にゆく感覚ではなく、死そのものの感覚を。何の感覚もないという感覚を。
それを想う。心の中に死を再現する。絶対の無。
全てが消えたとき、逆に全てがよく見える。自己の内も、外界も。死者は物理に囚われず、自由だ。
何もないから、悩みも苦しみもない。落ち着く。
「リュンナさま……?」
馬車内の近衛が、ふと視線を巡らせた。
「どうした?」
「いや、リュンナさまは……どこへ……?」
「は? お前の隣に――おられぬだと!?」
いや、いるけど。
無の瞑想が深まると、こうして気配も無になってしまうのが常だった。
死から転生してきた再誕の感覚を想起、無に同化していた気配をリュンナは戻した。
慌てて馬車内外を探そうとしていた近衛らが、声を上げて驚く。
「リュンナさま!? いつそこに!?」
「最初からずっといます」
「ああ……。って、そこまで深い瞑想はどうかご遠慮ください! 肝が冷えます」
「ごめんなさい」
気軽に瞑想もできないとは、王女とは窮屈なものである。
この無の瞑想こそが、年齢の割に異常に強いことの理由なのだが。
自他も内外も等しくよく見える無の瞑想により、理想的な姿勢が体で理解できた。すると芋蔓式に、理想的な動き方も。
健全な精神は健全な肉体に宿るとはよく言ったもので(誤訳らしいが)、そうして体の使い方が分かれば、それに必要な筋力も伸びるし、更に心の使い方も分かってきた。剣術に重要な無念無想も、呪文に必要な集中力も。
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