4 開眼
「バカな、バカな! 小娘――こんな……ッ」
深く斬り裂かれた腹から滂沱めいて血をこぼしながら、アークデーモンが呻く。
無論、そのセリフが終わるまで待ってやるリュンナではない。更に一閃、片膝を断った。骨の間を通り、肉や腱を切り離す手応え。気持ち良くはない。
巨躯の悪魔と9歳の童女――身長差から、首や心臓といった急所を一手で狙うのは難しい。まず脚を奪って体勢を低くさせるのは定石だろう。
もう片膝をついたアークデーモンには、しかし第三の脚があった。
フォーク槍――石突を地について杖代わり、腕力で跳躍。大きく後退し距離を取る。
「待ッ――」
咄嗟に追撃をかけようとするリュンナだが、間に合わない。
あまつさえ悪魔の投擲したフォーク槍を打ち払うために足を止めた瞬間、魔物の群れが道を塞いでしまった。
近衛らも奮闘してはいるのだが、数も平均レベルも敵の方が上のようだ。
既に何人かが血を流し倒れ、敵を押さえることが出来なくなっていた。
「リュンナさま、も……申し訳……」
「ちくしょう、魔物どもめ……」
息はあるようだが、時間の問題だ。
リュンナは邪魔なグレムリンを火炎の息ごと斬り捨てながら、最も近くに倒れていた近衛に駆け寄り、
「ベホイミ!」
回復呪文の光を灯す。傷が塞がり、蒼白だった顔に少し赤みが差した。
しかしこうしてひとりを癒すうちに、視界の端でふたりが手傷を負う様子、焼け石に水。
「リュンナさま……!」
ベホイミをかけた近衛が、這いつくばって何とか立ち上がろうとしながら、言葉を紡いだ。
「我らの命は、既に、リュンナさまの……モノです! どうかお気にせず……為すべきことを……!」
「為すべきことって……!」
「あなたさまは、既に、勇者なのですから……! 我らの希望!」
勇者だなどと、近衛隊長が先ほど急に言い出したばかりのことだ。
大方この緊迫した戦場における『その場のノリ』の産物であり、深い考えはあるまい。あったとして、『味方を鼓舞するため』程度か。
勇者たる覚悟も、実績も、リュンナにはないのに。
だがノリに流されるのはきっとリュンナも同じで、そして、今はそれでいいのだろう。
「国を害する魔物を斃します」
「はい! どうか、どうか……! 不甲斐ない我らに代わり、彼奴らに天誅を!」
剣を構え直し、アークデーモンに視線をやる。
距離を取った悪魔はそのまま逃げたのかと思ったが、そうではなかった。奴は離れた場所でホイミスライムの回復を受けながら、全身に気合を入れ、魔法力を高めていた。
「ふぬおおおおおおああああああ……!」
バチバチと放電すら伴うような光の塊を、それぞれ左右の手に宿して。
「あれは――ッ」
そうだ。
ゲームでのアークデーモンの得意技は、槍術でもイオラでもなかった。
極大爆裂呪文――イオナズン! 撃たせてはならない!
駆け出そうとしたリュンナを、悪魔たちが身を挺して足止めする。群がり、体重をかけてくる。
こいつら、巻き添えが怖くないのか!
「魔物は力が全て……! 強者の命令は絶対! そいつらは死んでも剥がれんぞ! お仲間諸共、灰になるんだな……! イ――オ――ナ――」
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