第一章 プロローグ
「どうしても反対するというのかね?」
常陸スチール専務取締役にして、営業本部長を勤める米山郁夫は確認するかのようにそう言った。
「お言葉ですが米山専務、この業務提携に意味があるのでしょうか?」
毅然とした態度で語るのは、四十代で業界二位の常陸スチール本社執行役員となり、時期社長候補が歴任した経営戦略室室長を務める小林勇人である。
「弊社の強みは、特殊鋼メーカーに負けない技術力です。軸受鋼や条鋼、電磁鋼板など、その技術は世界屈指のシェアを誇ります。東亜製鉄の強みは中国やインドの製鉄会社に負けない粗鋼生産量。ですが、この業務提携では我々常陸スチールに何の恩恵があるのですか?」
日本の製鉄会社の中で、堂々のナンバーワン企業である東亜製鉄は近年、生産拡張が進む中国やインドの製鉄会社にも負けない粗鋼生産量を唱えて増産に励んでいる。
一方で、常陸スチールの強みは、ベアリングに使われる軸受鋼、線路にも使われる条鋼、変圧器やモーターに欠かせない電磁鋼板といった、特殊な鉄を作る技術である。
現在東亜製鉄と常陸スチールは、長年のライバル関係を改め、業界の融和を唱え、中国やインドにも負けない製鉄業を唱えて業務提携を行おうとしていた。
「中国やインドの粗鋼生産量は確かに脅威ですが、普通鋼は今過剰供給されています。中国やインドなどの製鉄会社も、今は生産調整をしているほどです。そんな中で、業務提携と言われても、弊社に何のメリットもありません」
米山は押し黙っているが、米山の側近である取締役は「君は専務のご意見に意を唱えるのか?」と言ってきた。
「弊社がやっているのは慈善事業ではありません。業界融和は結構ですが、我々常陸スチールの大事な技術を供給して、東亜製鉄は何も差しだしてはいない。これは融和ではなく、東亜製鉄に我が社の技術をタダで渡すのと何が変わらないんですか?」
そのとき、小林と米山、互いに対峙する中で中央のテーブルにて両目を伏せながら、両者の意見に耳を傾けていた常陸スチール社長、池田義隆の目が開いた。
「小林君の指摘は正しい。我が社の技術は我が社の誇りだ。技術者、作業員達が製造し、営業マン達が売ってきたのが我が社の鉄鋼だ」
池田社長の指摘に、米山が巨体をがっくりとさせる。一社員から頂点へと登り詰め、常陸スチールを現在の路線へと作り替えた功労者の意見はほぼ絶対のものであった。
「米山専務、確かに業界融和は大事だ。だが、我が社の技術をただ売り渡すようなことは出来ない。再考したまえ」
「畏まりました」
こうして米山が掲げた東亜製鉄との業務提携は一端白紙に戻った。そして、この戦いに勝利した小林は時期常務へと就任する、はずであった。
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