ハーメルン
「平和的」独裁者の手放せない相談役
第1話:始業

 ◆◇◆◇◆◇


「そしてお姫様は王子様と結婚し、二人は幸せに暮らしました……か」

 読んでいた絵本を閉じ、私は目を上げる。故郷の神州を遠く離れ、今は海を隔てたこの連邦に身を置く私だ。部屋の内装はことごとく西洋風。ラジオからは、近年の技術革新についてアナウンサーが熱く語っている。やがて、テレビも映画のようにカラーで見られる時代が来るらしい。

 それにしても、洋の東西を問わず、物語というものは似通っていて面白い。枝葉末節に違いこそあれ、人々の望むものは大まかに言って同じようだ。しかし同時に、決定的に違うところもある。恐らくこれは宗教観や死生観の違いだろう。私のような職種の人間は、案外こうした物語を通して、依頼人の心情を知る一助を得ることが多いのだ。

 本を置き、私は側に置かれた鏡を見る。そこに写っているのは、故郷の桜色の着物を着た女性、つまり私だ。切りそろえた前髪に、長く伸びる後ろ髪。そろそろうっとうしくなってきた。顔立ちはまあ、普通の部類だろう。余人には、長身に似合わぬ童顔と評されることが多い。とりあえず、人前に出ても恥ずかしくはない姿形だと自負はしている。

 私の名前は燕雀寺祢鈴(えんじゃくじねすず)。二十三歳。仕事は「傍耳(かたみみ)」と呼ばれるものだ。この仕事は、簡単に言ってしまえば、村や里の御老体がしていることとたいして変わらない。つまり、悩みを抱えた人の話をよく聞き、相談に応じる仕事だ。田舎のお爺ちゃんやお婆ちゃんがしていることを、私は有力者相手に料金をもらってしているというわけだ。

 しかし侮るなかれ。私にはきちんと、「御伽衆(おとぎしゅう)」いう家業の名称がある。燕雀寺の一族は御伽衆の家系だ。代々時の権力者の傍らに控え、彼らの懊悩に耳を傾け、相談事を拝聴してきた。言わば、聞き役のプロフェッショナルである。その腕を買われたのか、それとも単に物珍しかったのか、けったいなことに私は今神州を離れ、遠く離れた連邦にいる。

 私が絵本を本棚に戻すのと同時に、ノックの音が聞こえた。御伽衆は耳と舌に長じた家だ。ノックただ一つ取っても、そこに人の性質を感じ取れる。規則正しく三つ。礼儀正しく几帳面。同時に力強く自信に溢れている。少なくとも、そう装うことはできている。何から何まで、私の知る「彼」の記憶そのままだ。

 余人は御伽衆を、人の心を盗み見る手妻遣いと揶揄するが、そうではない。わざわざ心眼で人の魂を覗かずとも、心中は外面に如実に表れる。

「どうぞ、入りたまえ」

 私は即応じる。誰だ? と問うまでもない。ノックの音を聞けば誰が来たかは一目瞭然だ。もうじき日付が変わる時刻だ。あまり婦女の部屋の前で待たせるのも酷というものだろう。

 ノブが回され、ドアが開かれる。入ってきたのは、やはり彼だ。まず目に留まるのは、その長身だ。百九十センチはあるだろう。しっかりと鍛えられた全身を包むのは、黒光りする組織の制服。外見は軍服に程近い。糊のきいた襟と袖。気障なデザインの制帽。軍人ならば勲章のある場所には、月の描かれた盾の紋章。新品の如き光沢を放つ長靴。

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