第15話:疑念
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たとえ王女であっても、ヒトであることに代わりはない。故にヒトは絶対的上位存在として神を崇拝する。それはリアレにとって当然の摂理だ。だが、このアシュベルドは違う。あたかも神を品定めし、それが有益か無益かを判断し、そして自分の利益のために利用しているかのようだ。何という、神をも畏れぬ傲慢さと冷徹さだろうか。
「連邦では月の盾。帝国では聖体教会。名こそ違うが、どちらも血族から人々を守るという点では同じだ。良きところは率先して学び、かつ共に競うことによって錬磨する。良い考えだとは思わないか?」
知らず、リアレは話題を変えていた。何らかの共通項を一つでもいいから、この機械の如き青年に見つけたかったのかもしれない。
「人類の理智と文明は競争によって、より高みへと押し上げられてきました。優等な存在のみが、この惑星に居住する権利があります。殿下のお考えには私も賛成ですね」
適者生存を当然とする思想。弱肉強食を鉄則とする信条。間違いない、アシュベルド・ヴィーゲンローデは既に月の盾長官の時点で、紛れもない独裁者の片鱗を見せている。
「ほう。つまり、私と貴君とで見解の一致が見られたということだな」
ならば遠慮は無用だ。リアレは初対面からの数分間で、アシュベルドの本質を掴めたことに満足する。もはや、思わせぶりな言動は不要だ。ここからは帝国の王女として、思い上がった連邦のタカを狩るのみ。その風切り羽を切り、鳥籠に入れて飼い慣らしてやろうではないか。
「堅苦しいことは抜きとしよう。私を貴君の個人的な客人として、存分にもてなしてくれ」
わざと親しげな態度をリアレは見せる。貴君の行動をこれから一つ一つ品定めしてやろう、といわんばかりの不敵な余裕。そうして悠然とリアレは手を差し出す。常ならば、リアレの態度に意味深なものを感じ、相手はわずかでも絶対にたじろぐはずだった。
「殿下がお望みならば、私としては断る理由もありません。貴き客人よ、今宵は連邦の歓迎をお楽しみ下さい」
しかし、その例外がここにいた。差し出したリアレの手を、アシュベルドは平然と握りしめる。同時に、一斉に報道陣がカメラのシャッターを切る。二つの国の両雄が握手したその瞬間は、まさにマスコミにとって理想的な構図だったのだ。
「お見事でした、殿下」
「そう見えるか? ヒューバーズ」
用意された送迎車に乗り込み、リアレは大きく息をつく。隣に座るのは侍従長のヒューバーズだ。リアレは素早く周囲に目を配る。要所要所に施された遮音の施術の痕跡を確認する。運転手も帝国人だ。
「はい。帝国の王女として、非の打ち所がない振る舞いであったと愚考いたします」
「ならば、私も少しは鉄面皮に振る舞うことができたというわけだな」
リアレは自分で自分を皮肉る。最後の最後で、ものの見事に切り返された。大胆不敵なリアレの態度に、アシュベルドは平然と乗って見せたのだ。しかも、眉一つ動かさず、冷徹な表情を崩さずに。品定めするならば存分にするがいい、完璧に応じて見せよう――と暗に示していたのだ。
何よりも、そのタイミングには舌を巻く。二人がちょうど握手した瞬間に、カメラのシャッターが一斉に切られた。群がる新聞記者たちに囲まれながらも、アシュベルドは冷ややかな笑顔を見せる余裕さえあった。最高の衆人環視の環境。帝国の王女の挑戦を堂々と受けて立ち、さらにそれが高らかに衆目に晒されるよう計算するとは。
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