第2話:傾聴
私は記憶を巡らす。たしか戸棚の一番下の奥に、もらい物のビールが一瓶あったはずだ。冷却の印紙を貼っていたかどうかは定かではない。しかし、アシュベルドは大げさに首を左右に振る。
「やめてくれ。俺は下戸なんだ」
本気で嫌がっているのがよく分かる。
「無理に飲むのは本当に辛い。飲まなきゃいけない時は事前に酔い止めの薬を飲んでいるんだけど、あれを飲むと悪夢を見るから嫌なんだ」
なるほど。以前アシュベルドがどこぞの祝賀会に参加した時に同席したことがあったが、あの時彼は「貴公らに栄誉を。そして連邦に勝利を」とのたまいながらワイングラスを傾けていた。実際はそうだったのか。
益体もないことを話しつつ、二人分の抹茶を点ててから彼に渡す。
「ありがとう」
言葉少なに彼は碗を受け取ったので、私もソファの隣に座る。比較的近い位置だ。恋人のような親しさ? いや、そうでない。しかし、他人ような行儀ではない。どちらかというと親族のような感じだろうか。血はつながっていないのは百も承知だが、何となくそう思う。
「さあ、今日も傾聴してやろう。いったいどんなことがあったんだ?」
茶を飲み終えた私がそう言うと、待ってましたとばかりにアシュベルドは私の方を見る。
「ううう……。本当に本当に、今日もとっても辛かったんだよぉ……」
その目に、見る見るうちに大粒の涙が浮かんできた。ああ、本当に彼は泣き上戸だなあ。酒など一滴も飲んでないけど。
「はいはい。慰めてやるから泣くのはやめたまえ。いったいどうしてなんだ?」
「ああ、聞いてくれる? 本当に? 本当に? じゃあ、最初から話すけどさ…………」
こうやって夜は更けていく。これが私の仕事だ。一人の御伽衆と、彼女が仕える主人との、愚痴と泣き言と世迷い事と、それからほどよい笑いと涙で味付けられた寝物語である。
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