19 珍客
約束の納期まであと一か月と半月。
他の依頼をこなしながら少しずつ手を付けていたので、残りの時間集中してやればなんとかなる。
今日はタキシードに必要な小物を買いに行くため、市場に来ていた。
いつもなら寄り道するところだが、早く作業を進めるため目当て物以外には目もくれず足早に帰路に就いた。
そうして家の近くまで来たのだが、いつもと違う光景が目に入る。
──なんと、家の前に銃を持った一人の女性がドアに寄りかかり下を向いて座っていた。
その女性は赤味かがった茶髪で、恐らく二十歳前後だろう。
全身汚れていて、疲れているのか目を開けていない。
……これはこのままそっとしといたほうがいいんだろうか。
触らぬ神に祟りなし、とも言うし。
…………よし、裏口から家に入ろう。
意を決し、静かに裏口へ向かう。
──と、家に戻ってから三時間。
ドアの前にいた女性を放置し、タキシード製作に打ち込んでいた。
やはり時間がないというのは嫌でも焦りが出てくる。
だが、焦れば尚更失敗することは目に見えているので、ここで休息を取ろうと手を止めた。
……ふと、先ほどの女性が気になった。
あれから時間も経っている。流石にいないだろう。
一応そのままドアを開けるのも不安なので、裏口から出て様子を見ることにした。
──結果、女性はまだそこにいた。
もしかして、死んでいるのではないか。
女性に近づいて生きているか確認する。
間近でみれば、微かだが息をしている。
ひとまず死んでいないことに安堵する。
問題は、この女性をどうやってここからどかすかだ。
私では人ひとり満足に運べないので、仕方なく声をかけてみる。
「あの、大丈夫ですか? 立てますか?」
「……」
女性は何も答えない。
女性の肩を揺らし、声をかけ続ける。
「生きてますか? 生きてるなら返事してください」
「……」
「ここで死なれたら困ります、起きてください」
「……」
「生きてるのは分かってるんですよ。起きてください」
「……あ?」
ここでやっと反応を示した。
女性はゆっくりと顔をあげ、こちらを見た。
そして、か細い声で言葉を発する。
「……お前、誰だ。さては、私を殺しにきたのか」
「あなたこそ誰ですか。勝手に人の家の前で長時間座り込んで。もし私が殺そうとしてたならあなたは今頃天国ですよ」
「……このあたしが、天国に行けるかよ。行くとしたら、地獄だろうぜ」
女性は疲れていて気力もないのか、言葉が途切れ途切れになっている。
「大丈夫ですか? 立てます?」
「……これが、大丈夫に見えたら、あんたの目ん玉は飾りもんだ」
「そういう口がきけるってことはまだ余裕ですね。……はあ」
面倒事は避けたいところだが、このまま放っておくわけにもいかないだろう。
何しろ、このままだと私が集中できない。
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