眠り姫
これを欠かした場合、三日月の命に関わってしまうため、飛鳥医師と雷が毎日管理している。掃除や洗浄は雷が、医療的なことは全て飛鳥医師が執り行い、この2週間で悪いことは起きていない。
「今日も身体を拭かないとね」
「ああ、若葉も手馴れてきた」
縫合痕から血が滲むことも無くなり、痕は残っていても痛みが無くなっているくらいにまでは治っているだろう。だからといって乱暴にするわけではないが、最初の方は出来なかった抱きかかえて起こすことも今なら出来る。
「よっ……と、これでいいか」
「ええ。じゃあ検査着を脱がせて、包帯を解きましょ」
この辺りも慣れたものだ。雷には濡れタオルや消毒を用意してもらい、その間に繋がれた機械を外しつつ手早く脱がしていく。この作業で私も少しくらいは筋力がついたか、支えるのも苦ではない。
「皮膚も定着したな」
「そうね。触った感じも普通の肌よね」
浮いているような感じもなく、シワや傷もない。最初からこういう皮膚だったようにも思える肌触り。
全裸にした状態で雷が細部までしっかり拭いていく。清潔にしておかなくては、何か違う病気になりかねない。
艦娘も艤装を着けていなければ頑丈な人間なだけのため、病気にだってなる。この施設は飛鳥医師の徹底した管理があるために確率は少ないものの、海の真横という立地条件から何が起こるかわからない。やれることは全てやって、みんな健康に過ごすのがベスト。飛鳥医師もそれを強く推奨している。
「シロやクロとお風呂に入った時に思ったんだけど、深海棲艦の肌って凄いわよね……。潮風に晒されてもベタつかないし、何もしていなくてもスベスベツヤツヤだもの」
「そう……だな。若葉の腕もそうだが、潮風の嫌な感覚はしない」
「私はお腹だから実感薄いのよね。何だかそういうところは素直に羨ましいわ」
三日月に至っては髪も半分。手櫛で梳いても手触りが違う。身体的なことに関しては、深海棲艦は女子の理想を全て持っているのかもしれない。
「はい、おしまい! じゃあ新しい包帯を……っと」
雷が包帯を取ろうとしたところ、突然固まる。
「どうした?」
「お、起きてる! 三日月起きてる!」
言われて顔を見ると、うっすら目が開いていた。移植された左目からは、摩耶と同じように微かに光が漏れている。
ここで治療を受けてから2週間、ついに目を覚ましてくれた。動揺するも、このまま手を離したらベッドに思い切り倒れてしまうため、支えたままで面と向かう。
「三日月、意識は?」
「……貴女方は……一体……」
「貴女、近くの浜辺に漂着してたのよ。覚えてない?」
雷の言葉を聞いた後、見る見る内に表情が歪んでいく。
私の時のように走馬灯を見ていたかはわからないが、少なくとも目を覚ました直後には今までの記憶が無かったのだと思う。だが、少しのキッカケで全て思い出してしまった。
「雷、飛鳥医師を連れてきてくれ。若葉は三日月に服を着せておく」
「お願い! すぐに連れてくるわ!」
血が滲むことは無くなったため、包帯を巻かなくても何とかなるだろう。雷が飛鳥医師を呼んでくるまでに、私が検査着を着せる。
漂着する前のことを思い出したことで、酷く混乱している。無理もない。死の寸前にまで追い込まれていたのだ。それがどういう状況であれ、その時に嫌な経験はしているはずだ。
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