第3話
一瞬、きょとん、とした男は、数秒後、合点がいったとばかりに、ああ、吐息のように吐き出す。そして、怪訝そうに尋ねた。
「それってさ、僕に殺されない為の方便じゃないよね?もし、そうだとしたら、すごく、ものすごーーく、心外なんだけど」
リーダーは必死の形相で首を縦に振る。それでも、男は訝しそうに喉の奥で唸るだけだ。
「だとしたら、判断が難しいなぁ……なにか、こう、僕が信用できるようなことはないかなぁ……」
こうも悠長に構えられていたら、遅かれ早かれ、どちらかに殺されてしまう。そこで、焦燥に駆られたリーダーは、舌を出し勢いよく自ら口を閉じた。数万個の味蕾を歯で磨り潰すのは、頭のなかにまで、鋭い針を幾度も刺されるような激痛が走っているみたいだった。鉄の味が口内を占めていき、溢れてくる血をどうにか逃がしながら言葉を繋げる。
「これが……忠誠の、友好の証しになるかは……貴方の考えに任せる……だから……どうか……この手をとってくれないか……」
リーダーが差し出した右手が包まれ、男が顔の位置を合わせた。顔面が浅黒くなり始めていたので、表情は読み取りにくくなっていたが、声の調子が弾んでいる。
「そうかぁ、嬉しいよ。僕に賛同する人がいてさ。どうだい?痛みは生きる素晴らしさを与えてくれているだろう?いま、君は生きているって実感できるだろう?えっと……ごめん、名前は?」
「早坂だ……早坂健太……」
共通の趣味を見付けたような明るい口調のまま、男が頷いて言った。
「早坂君か、僕は真田広明、これからよろしくね。それじゃあ、まずは、彼等をどうにかしようか」
校舎から悲鳴が木霊した。どうやら、生きる屍の大群は進行を広げているようだ。
真田と名乗った男は、立ち上がるやいなや、死者に歩み寄り、自然な手付きで額を貫き前蹴りを打ち込んだ。後続を巻き込んで倒れた死者を確認するよりも早く、二人目のこめかみに刃を沈める。大きな骨は折れてないとはいえ、こうも変わらずに動けるなど、常識的にあり得ない。生きる為に述べた早坂は、とんでもない男に捕まってしまったのだと自覚した。
早坂の口から落ち、地面に広がった朱色は、自身が吐いた言葉とともに、どれだけ月日が過ぎても残り続けるのだろう。それまで正気を保つことができるのだろうか。
生と死の間に存在する痛みを求める真田広明、生と死の狭間を生き抜いた九州地方感染事件の生存者達、この両者が出会うのは、これから四年後、世界が崩壊してから、七年後のことだった。
[9]前話 [1]後書き 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/1
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク