ハーメルン
痛みを識るもの
志岐小夜子の事情

 ────志岐小夜子は、男性恐怖症である。

 それは彼女をよく知る人間にとって周知の事実であるし、彼女自身も自分がそうであると自覚している。

 小夜子は男性とまともに会話する事が出来ず、年上の男性を前にすると社会生活に支障を来すレベルで取り乱す。

 その為まともに外出する事も出来ず、現在は一人暮らしの自宅で引き籠り生活を送っている。

 小夜子とて、最初から此処まで深刻な状態になっていたワケではない。

 確かに人と話す事は苦手だったが学校には通っていたし、少なかったが友達もいた。

 原因となったのは、中学生の頃。

 年上の男の先輩に、声をかけられてからの事である。

 その先輩は小夜子に目をかけてくれており、困った時は色々と助けになってくれた。

 先輩は顔立ちも整っていた為当然小夜子も悪い気はせず、二人で過ごす時間も多くなった。

 …………切っ掛けとなったのは、その先輩から迫られて小夜子が逃げ出した一件である。

 小夜子としては先輩の事は慕っていても流石に男女関係のあれこれになると怖かった為、反射的に先輩を突き飛ばして逃げてしまったのだ。

 先輩を傷付けてしまったかな、と考えた小夜子だったが、後で謝ればいいか、と気楽に考えていたのだ。

 ────そして、翌日になって小夜子はその先輩の本性を知ったのである。

 小夜子が登校すると、自分の机に落書きがされていた。

 その落書きでは小夜子が秘密にしていたアニメやゲーム等のサブカル趣味の事が揶揄されており、クラスメイトはそれを見て唖然とする自分を見てくすくすと笑っていた。

 そういったサブカル趣味が年頃の女子にとってあまり大っぴらに言える趣味でない事は、小夜子も薄々分かっていた。

 だからこそその趣味について友達に話した事はなく、唯一話した事があるのは信頼していたその先輩()()

 まさか、と思いその先輩の所に事情を聞きに行った小夜子を待っていたのは、蔑むような眼で彼女を見下ろす先輩の眼だった。

 ────折角人が親切にしてやってるのにヤらせもしないとか、何様のつもり? オタク趣味の陰キャ女子の癖にさあ────

 その先輩は単に身体目当てで小夜子に近付いただけで、小夜子が思い通りにならないと分かるとあっさり掌を返したのだ。

 その時に感じた絶望感、年上の男への恐怖は筆舌に尽くし難い。

 …………そこから先は、よく覚えていない。

 何か大声で言い放った気もするし、泣きながらその場から逃げ去っただけの気もする。

 一つだけ確かなのは、その日以来小夜子は学校に行けなくなった事だ。

 年上の男を見るとまた身体目当てで近付いて来るのかと怖くなり、どんな優しい言葉をかけられてもそれを信じる事は出来なくなった。

 小夜子は自分の容姿に自信は持っていなかったが、一度身体目当てで近付かれ、裏切られた経験から、()()()()()()()()()()()()といった考えを抱くようになった。

[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/11

[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク
携帯アクセス解析