大正こそこそ小噺 其ノ壱
水の音がする。
水が落ちる音がする。
「よく来た、ギン。義勇」
「……久しぶりです、鱗滝さん」
「……ただいま、鱗滝さん」
狭霧山の滝壺の前には、かつての師匠が待っていた。水飛沫が辺りに飛び散り、辺り一帯は涼しかった。激流が滝壺に注がれる音は激しく、森の声はここには響かない。水の音に閉ざされた神聖な修行の場。確か目隠しされた状態でここに突き落とされたなぁ、なんてことを思い出す。
水模様の羽織に、赤い天狗の面。久しぶりに見た鱗滝左近次の姿は、やはり威圧感があるとギンは思った。
ここを卒業してから約7年。
ついこの間の出来事だったような気がするのに、どうしてこんなに懐かしく感じるのか不思議だった。
かつてここで俺と義勇、そして錆兎は己の体を鍛え、呼吸を鍛え、剣を鍛えた。
苦しい思い出も、辛い思い出も、悲しい思い出も、ずっとここに埋まっている。
「最終選別を生き残り、ここから卒業したのが七年前。そして、五年前だったな。お前達がここで決闘をしたのは」
「……あれは、俺達が未熟だったからです。俺達は言葉を上手く語れる方じゃない。特に義勇は」
「……俺は喋るのは得意だ」
「嘘つけ」
「ふっふっふ。お前達は相変わらずだ」
鱗滝さんはそう言って笑った。
あの時。錆兎を喪って自暴自棄になっていた俺は、義勇と決闘した。
最終選別の後、義勇は自棄になって不眠不休で鬼を狩り続け。
そして俺は、蟲を鬼狩りに使っていた。時には、その山にいた動物達や自然を傷つけることも厭わずに。
決闘のきっかけは、よく覚えてない。錆兎の墓参りにこの山に立ち寄った時、義勇とばったり出くわした。
その後、少し会話をして――多分、どっちかの嫌味がきっかけだったんだと思う。
『なんでお前は俺達と共に行動しなかった!最初から一緒にいれば、錆兎は死なずに済んだかもしれない!それなのに、お前はっ!』
『知るかこのクソ野郎!お前こそ、お前が錆兎に一番近い場所にいたくせになんで死なせた!俺達の親友を!』
俺達は未熟だった。錆兎を守れなかった理由を、相手に押し付けることしかできなかった。
そうしなければ、自分が弱いと言うことを認めてしまう。分かってしまう。
錆兎が死んだのは、自分のせいだと。そう思いたくなかったから。
俺達はその後悔や無念を相手にぶつけるしかなかったのだ。
『お前の噂もよく聞くぞ、怪我も顧みずに寝ずに鬼を馬鹿みたいに狩ってるみたいじゃないか!死ぬ気か馬鹿野郎!』
『お館様から聞いたぞっ、山や森を荒らしてでも鬼を狩ろうとしているとな!森を一番大切にしていたお前が、どうしてそんなことをしているっ!』
『義勇は昔からそうだったよな!言葉足らずのくせにド天然で、いつも俺や錆兎を困らせた!』
『俺は天然じゃない!ギン、お前はいつも俺の分の飯を勝手に摘み食いをしていたな!錆兎が飯を分けてくれなければ俺が飢え死にしていた!』
最初は憎しみをぶつけ合うしかなかった俺達は、いつの間に兄弟喧嘩になっていた。
気付けばお互い泣いていた。持っていた刀もぼろぼろで、使えなくなったから殴り合いになっていた。
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