ハーメルン
恋人はマリアさん

「よう、ハルト。なんで昨日は来なかったんだよ?」

…うん、ちょっと色々とあってね。

翌日の教室で。斉藤から声をかけられても、僕は言葉を濁すしかない。

―――実は昨日、家に世界一の歌姫が来たんだぜ? 

仮にそういったところで、誰が信じてくれるだろう?
かくいう僕もあまり記憶に自信がない。
でも、夢ではないんだ。
スマホを弄れば、しっかりと電話番号が登録してある。

『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』
…何度見返しても、見間違えじゃないよな? って思ってしまう。

だったら掛けてみればいい。
けど、掛けた途端、昨日の黒服のお兄さんたちがやってきて、「国家機密に触れたな」ってまたどっかに連れていかれるんじゃないかって不安もあった。

なので、僕は手の中のそれを、まるでパンドラの箱のように弄ぶ。
もしかしたら希望はあるかも知れないけれど、開けたらとんでもない災厄に見舞われるかも知れない。
自分で言っておいて、言い得て妙だと思う。

「阿部くん、おはよ」

挨拶してくる小金井は可愛い。振る舞いも普段通りで屈託もなさそうだ。
…すると、昨日、斉藤が送ってきた写メは、彼女に無断で送ってきた可能性が高いな。
我ながら、他人事のように冷静にそう分析していた。
つい先日までは、本当に恋焦がれていた小金井のはずなのに。
授業中でもその一挙手一投足を眺めていた僕なのだが、彼女に対してひどく興味を削がれていることに気づく。

原因は分かりきっている。
昨晩から耳の奥で何度もリフレインするクリスタルボイス。

『わたしがあなたの彼女になってあげる』

思い出すたびに甘くてフワフワした気持ちに包まれ―――いやいや現実にありえないだろ、そんなこと。
感情の落差は、そのまま僕の態度に出ていたようだ。
放課後、校舎を出て校門まで歩いていると、わざわざ走って追いかけてきた斉藤が言う。

「おまえ、授業中ずっとニヤニヤしたり、急に真面目な顔になったり、なんか気持ち悪いぞ?」

嫌味くさい斉藤の台詞と態度は、昨日の写メに対して僕が具体的なリアクションをしなくて不満なんだろう。

ああ、そうだっけ?

それでも僕が興味なさげな反応をすると、とうとう斉藤の方からぶっちゃけてきた。

「オレな、小金井と付き合うことになったんだ。おまえも狙ってたんだろ? 悪いな」

ふーん、良かったじゃん。

「これからデートに行くんだぜ? 良かったらお前も来るか?」

仮に行くと答えれば「冗談だよ、邪魔すんなよな」
行かないと答えれば「なんだよ、嫉妬してんのか?」
どっちを選択してもバカらしいので僕は沈黙を選ぶ。

「おいコラ、無視すんなよ」

斉藤に肩を小突かれるのと、僕のスマホに着信が来たのはほぼ同時。
ディスプレイを見て、僕は震える。
そんな、まさか。
怪訝そうな斉藤の視線を横に、受話ボタンを押す。

もしもし?

『あ、ハルト? いま、あなたは学校に居るのかしら?』

はい。もうすぐ校門を出るところです。

『そう。ちょうど良かった』

え? と問い返すまもなく通話は切れた。

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