ラルフ
子供の足は遅い。全力で駆けたって、然程の速さにはならない。
獣の足は速い。大人が全力で疾走したとしても、獣に逃げられたら追いすがる方法はない。
だから、森の中で黒狼と追いかけっこだなんて無駄な行為以外の何物でもない。むしろ、新たな獣に見つかって状況が悪くなるだけという可能性もある。
冷静に考えれば、涙を呑んでアセリオを放置し、村の冒険者と共に山狩りをするのが正解だっただろう。
「うだうだ悩んでるジカンがあれば、はしれバカ!」
ラルフはそんな『常識的な』考えに縛られていた僕を一喝し。何も考えの纏まらないまま『走り出せ』と尻を叩いた。
森の中は狼のホームだ、やはり4本足で疾走する獣に追い付けるはずがない。
案の定、森に入って間も無く僕とラルフは狼を見失った。だが……
「たぶんあっちに行ったぞぉぉ!!」
「それ根拠あるの、ラルフゥゥ!?」
「そんなもん、あるかバーカ!!!」
ラルフは、やはり超人的な勘を持っているようで。何も見えない茂みの方向を指差したと思うと再び疾走し、
「グル?」
「ほらいたぁぁ!!」
「……あっほんとに居た! アセリオを返せ、黒狼ぃ!!」
そして彼の指差した方角にはいつも、ビクッと僕らの存在を察知し、幼女を咥えて逃げ出す黒狼が居るのだった。
「追いかけるぞぉぉ!!」
それはラルフに言わせれば、「なんとなくそんな気がしただけ」なのだろう。だが、今は彼のその動物的な直感が唯一の道標だ。
僕達は超人的な勘を持つラルフの助けを借り、速度で敵う筈もない黒狼と奇跡的に追いかけっこを成立させていた。
4歳弱の幼児が二人、成体の黒狼を追いかけ追い詰めようとしている。
……ラルフは、やっぱり無茶苦茶だ。
「ず、ずいぶん森の奥まで入り込んできちゃってない? ラルフ、僕達村に戻れる?」
「たぶん」
「多分って。また黒狼、見失っちゃったし……」
────狼を追いかけること、数十分。僕とラルフは、見事に遭難していた。
黒狼のいそうな方向へ、縦横無尽に駆け回った結果がこれである。この計画性の無さ、行き当たりばったり感、これぞ我が親友の生涯の悪癖と言えよう。
……こんな計画性のない男だからこそ、超人的な勘がないと生きていけないのかもしれない。神がいるのであれば、実によく考えて人間というものを作っている。
「……それより、きーつけろ。そろそろ来るぞ」
「来るって、何が?」
「アイツ、逃げるのをやめた。かくれてこっそり、おれたちをみてる」
「えっ」
そして、その動物的な勘を持つラルフという男が言うには。黒狼は逃げるのをあきらめ、反撃に転じるべく僕らを伺っているという。
何度撒いたと思っても、ラルフの勘により捕捉され追いかけ回されたのだ。黒狼も、諦めて強行手段に出たらしい。
……え、滅茶苦茶やばい状況じゃないかそれ。正面戦闘では絶対勝てんよ僕達。
「ラ、ラルフ? 狼はどっちにいる?」
「いま、けはいをさがしてるよ。多分……まえの木陰どこか」
前……、正面のどこかね。よし、よし。方向がわかるなら、まだ何とかなる。
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