在りし未来
「……この前。僕らと一緒に遊んだ領主様の娘が、異民族に殺されたらしい」
「……」
それは、生まれ変わってから最初の挫折であると言えるだろう。
「そっか。……村の外じゃ、どこも戦いで溢れてんだもんな」
「……可哀想」
人の死は決して軽くない。だが隣国との国境で常に小競り合いが起こっているこの州は、ちょっとしたことで人が死んでしまう。
領主の娘が死んだ、と聞いた時の村の反応は「可哀想なことだなぁ」「領主様もお気の毒に」程度のものだった。別段、人が死ぬという事は珍しいことではないのだ。
だがしかし、僕がちゃんと思い出していれば。イヴが未来に居ないことに疑問を持っていれば、彼女が死ぬことは無かった。
人の死は軽くない。防げた命を失ったと言う事実は、とても重い。
僕がしっかりしていれば、あの聡明な少女は死なずに済む筈だった。
「ポート、顔色悪いよ……?」
「アンタが一番イヴちゃんと仲良くしてたもんね。……あんまり気負っちゃダメよ」
僕がショックを受けたのは、イヴを失ってしまった事だけではない。その事件は、あの未来に続く鍵だった様にも思えるのだ。
思い出せば、領主は子を失って以来、徐々に弱って最後は流行り病に倒れたと聞いた。その間、イブリーフは親から放置されてしまったのだろう。きっとその結果、イブリーフは尊大で愚鈍な男に育ってしまったのだ。
聡明な妹は殺され、傑物の父は病死し、愚かな兄が実権を握ってしまう。それはきっと、イブリーフ本人にとっても不幸なことだったのかもしれない。
あの尊大で自信家な一面は、きっと武官として戦場で名を馳せる素養ではあった。武官が彼に心服していたことからも、彼の軍事的能力の高さは伺い知れる。
彼が本来の自分の役割を全うし、国政は聡明な誰かに任せることができていれば、彼自身も「英雄」として讃えられていたように思う。
……僕は、その素晴らしい未来を築ける最初で最後のチャンスを、指を咥えて見送ったのだ。
「元気出せよポート」
「……顔、青いわよアンタ」
「……今日は、帰って寝た方が、いいかも?」
「うん、ごめん。今日はちょっと、家で休む事にするよ」
心配そうに僕を覗きこむアセリオの肩を借り、僕は家に戻った。頭は痛く体は重く、何も考える気になれなかった。
────不思議なものだ。前世でアセリオが死んでしまった時、僕はここまで傷付いただろうか。
……いや、そうか。きっと今のこの世界が幸せすぎて、僕に傷つく余裕があるだけだ。本当に追い詰められたら、人はショックを受ける余裕すら無くなるんだ。
そう思いいたって。今の自分がどれだけ幸せな環境で生きていて、どれだけ腑抜けていたかを知った。
僕がぼんやりと幸せを享受していたせいで、あの聡明な少女は二度と帰ってこない。
────その、1週間後の事である。
「……ポートさぁん!!!」
イヴが、我が家に逃げ込んで来たのは。
「ポートさぁん、た、たすけてくださいっ!!」
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