二話 牢獄
幽月が目が覚めたとき、そこは暗い部屋であった。灯はない。内装は簡素に血に塗れた毛布と布団だけ。そして鉄格子と煉瓦の壁で囲まれていた。見たところ牢であるようだった。
ただ少し様子がおかしい。ここには明かりがない。故に普通の人間なら此処が牢であると推測できないほどに真っ暗に見えるはずだ。だが視覚に変化が起きたのか普通に昼間のように明白に見えていた。しかも自然と心地良くもある。
幽月は起き上がると自らの腕を見た。腕は透き通るように白く、あの忌々しい発疹はどこにもなかった。念の為にと身体の至る所を見たり触れたりしたが発疹は完全に消え失せていた。それに全身が錆びついたような倦怠感や疲労感も消え失せて、今は力に満ち溢れている。幽月は久方ぶりに動かす身体を解すために柔軟体操をしてみた。
「体調はいかがですか?」
様子を見にきたのか、珠世が鉄格子越しに声をかけてきた。
「絶好調だな。鬼の身体能力が高いことは分かりきっていたが、ここまで愉快な身体をしているとは思わなかったよ」
「それは何よりですが、どこか身体が崩れてきたり溶けてしまったりするところはありませんか?」
「どういうことだ?」
珠世の悍しい質問に幽月は首を傾げた。
「言葉の通りです。実は前々から人を鬼にする治療はしているのですが未だ成功した事はなくて。殆どの場合、鬼になっても身体がその負担に耐えられず細胞ごと崩壊したり溶けたりしていたのですよ」
「それは随分とおっかない話だが、まぁ今のところは問題はないね。ただ少し違和感があるとするならばどうにも腹が減って仕方がないんだが、おにぎりの一つでも分けてはもらえないか?」
「おにぎりですか…。申し訳ないですが鬼になった今、人間と同じような食事でその空腹感を満たす事はできません」
珠世は申し訳なさそうに目を伏せて言った。幽月もなんとなく理解していた。鬼は人しか食わないと同時に人しか食べれないのではないかと。もう己は人間のする食事で腹を満たすことができないのだと。
「まぁ、そうだろうな。……やっぱ人の血肉を食うしかないのか?」
「いいえ。貴方の場合少量の血でも事足りるように改造してあります。ですから心配しなくても食事のために人を殺す必要はないはずです」
「はずです?」
珠世の言葉には少し不安が残されていた。幽月は思わず眉を顰めて聞き返した。
「実はこの治療法が成功したのは貴方が初でして、まだ全てにおいて確証がないのですよ」
「つまりあれか。唐突に身体に異変が起きて死んじゃったり、普通の鬼みたいに食人衝動が湧き出たりする可能性もあるわけ?」
「ええ。あくまで可能性の話ですが過去の失敗でもそういう事例はありました。ですから今回も目覚めてはっきりとした意識が確認できるまで地下牢で監禁させてもらいました」
珠世はそう言いながら牢の鍵を開けた。取り敢えずのところは暴走することなく安全だと判断されたらしい。幽月は牢から出ると尋ねた。
「それでこれから俺はどうすれば良いんだ?アンタには命を救ってもらったという大きな恩がある訳だし、何か手伝って欲しいということがあるんだったら何でもするけど」
「そうですね。暫くは貴方の状態の経過を観察するために私と一緒にいてもらいます。ですが、その前に貴方から大事なことを教えて貰わなければいけません」
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