ハーメルン
忘れられた物語に結末を
三話 悪鬼降臨


女隊士は暫し沈黙して幽月を見つめてから、真っ直ぐな瞳で告げた。

「本当は人を殺したくないからでしょう」

妙に鋭い。というか大正解である。
幽月はいっそのこと開き直っても良いのではないかと考えた。だが自分が鬼であると思い出して、彼女の言葉を鼻で笑った。

「残念不正解。正解は弱いもの虐めが楽しいからーー」

「嘘ですよね」

女隊士は即答した。それもうはっきりと幽月の言葉を遮るように断言した。幽月の顔から余裕の笑みが消えた。

「12発。私は貴方に12発も蹴り殴られました。しかも、それは全て技の隙を突かれた決定的な瞬間に。普通の鬼が相手でしたら致命傷は確実でした。なんなら私はもう生きてはいなかったでしょう。ですが今の私の身体は生きているどころか骨一つ折れていない」

幽月は困ってしまった。名推理である。反論の余地はなかった。というか手を抜き過ぎた。もう、いっそのこと女隊士が逃げ出すのを期待するよりも自分が逃走した方が良いよな気さえした。というかそうしよう。

幽月は一歩ほど足を退いた。

「逃げないでください」

女隊士は幽月に呼びかけた。幽月はそれの返事をしなかった。

不毛なのだ。別にこの戦いは勝敗を気にするようなものでもないし、守るものがない今、戦いから逃げてはならない理由はない。幽月には鬼殺隊としての使命もなければ圧倒的な強者であれという鬼の矜恃すらなかった。

ただ幽月は唐突に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。背筋が凍るような恐怖を感じたのである。それは何であるか。幽月は女隊士の遠い向こうを見つめた。

そして今まで殴打にしか使わなかった番傘から刀を引き抜いた。その番傘は仕込み刀となっていた。
女隊士はその月光に美しく輝く桜色の刀身を目にして驚いた。

「まさか、その刀は……⁉︎」

驚愕する女隊士に意を返すことなく幽月は刀を構えた。そして閃光の如く速さで彼女に迫ったのである。

殺される。

女隊士は動けなかった。その刀身を目にして動揺したこともある。だが、それ以上に速過ぎたのだ。今までの動きとはまるで違う。本気の攻撃。

だが刀は女隊士に振るわれることなく、彼女の背後を通り過ぎた。

「ほう。鬼でありながら鬼殺の刀を振るうとは珍しきことか……」

重々しい男の声。そこで女隊士は初めて背後にもう一匹の鬼がいることに気が付いた。

しかもその気配。

女隊士の身体に身の毛が逆立つほどの恐怖が駆け抜けた。心が砕け散りそう。木々のなかで眠りこけていた烏達がその場から逃げ出すように一斉にとびさ。

女隊士のすぐ後ろで衝突した二本の刀。一つは桜色の刀身に悪鬼滅殺の文字が刻まれた刀。一つの漆黒の刃に幾つもの悍ましき目玉が蠢く刀。

「今は会いたくなかったよ」

唐突に現れたその鬼の瞳には“上弦ノ壱”の文字が刻まれていた。

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