ハーメルン
忘れられた物語に結末を
四話 血鬼術


「西行幽月。忘れた物語の結末を見届けるために鬼になった男だよ」

「西行幽月か…。問おう。何故お前は鬼でありながらあのお方に仕えない?そもそもお前は如何にして鬼になった?」

「鬼になった方法は企業秘密。そして鬼舞辻無惨に仕えない理由は至極単純さ」

幽月は一息ついて決め顔で言った。

「鬼舞辻無惨が大嫌い……いや、寧ろ好きだからさ。俺はアイツの愉快な死に様を見届けるために恥を捨て、鬼となってまで地獄の淵から蘇ってきた」

物語のあらすじば殆ど覚えていない。だけど幽月は物語の全ての元凶たる鬼舞辻無惨が昔から今に至るまで多くの絶望と悲しみを積み上げてきたことは覚えていた。いや、実際に目に焼き付けてきたと言う方が正確か。それが師であれ友であれ仲間であれ。
幽月にとってこの世界は物語であり憎悪すべき現実であった。そして無惨の死に様を見て、愉快に踊り狂うまで幽月の世界は終わらない。

「愚かなり…」

そう幽月が啖呵を切ると黒死牟はただ一言呟いた。そしてもう用はないと言わんばかりに幽月に向かい斬り込もうとしたのだが。

【血鬼術 狂水】 

唐突に地面から放たれた無数の黒い水の刺が黒死牟を貫いたのである。

「なに……⁉︎」

まさかの不意打ちに思わず動揺する黒死牟。だが幽月の血鬼術の本領はここから発揮する。

「俺の狂水が入っちゃったね。お前の体液は全て俺のものだよ!」

幽月が掲げた手を握り締めると黒死牟は胸を押さえて膝をついた。とてつもない苦しみが胸の奥に集中している。そして、そこから黒死牟の肉体は水風船のように膨れ上がりーー

「華と散れ…!」

上半身が爆散したのであった。周囲には汚れた血の花弁が舞い散る。

幽月は血の雨の一滴を指先につけるとペロリと舐めた。そして顔を顰めた。これは不味い。今の幽月には分解できそうな濃度ではなかった。これではこの鬼を殺せない。しかも顔を苦ませている幽月を嘲笑うかのように、黒死牟は肉体の大方を再生し終えている。

「なるほど…。自らの血が混ざった液体を操る血鬼術か…。仕込んだのは最初の剣戟の時だな…」

ご名答。どうやら観察眼も達人級らしい。幽月は苦笑いを浮かべながら舌を巻いた。

推察通り布石を置いたのは黒死牟に最初に斬り刻まれ地面に自らの血を散乱させたときからだ。あのときから地中の水分を掻き集めて水の刺を放つ準備をしていた。そして自らの剣技では倒せないと分かると会話をしているうちに迎撃を整えた。あとは事の通り、時間稼ぎの会話が終わると水の刺で迎撃し、黒死牟の体内に自らの血を混入できたら大爆殺だ。

「だけど俺の血鬼舞の本随はこれだけじゃないんだよね」

幽月はニヤリと笑いそう告げると、突如黒死牟の体は煙を上げて溶け始めたのだ。
ドロドロに崩れ始めた肉体を見て黒死牟は六つの瞳を見開いて驚愕した。

【血鬼術 恐水】

水を操る幽月のもつ一つの血鬼術。その術は支配下にある水の性質を変容させる力を持つという。それを例えるなら液体窒素を王水に、血中の水分を硫酸に。

黒死牟は叫び声を上げながらもがき始めた。なまじ再生力が高いだけあってその苦しみは想像を絶するものだろう。硫酸による肉体の破壊と鬼の細胞による肉体の再生。その両者の均衡により黒死牟の身体は地獄のような激痛が駆け抜けていた。いくら痛覚に耐久がある鬼でもこれには耐えかねまい。

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