ハーメルン
鬼滅から小鬼殺しへ
03:雲柱

 長女の侍に対する誤解は、幸いにもすぐ解けた。
 しっかりと目が覚めれば、己の現状を嫌でも思い出すし、荒れ果てた室内の状況や、同様に安穏と寝かされている妹達の様子を見れば、目の前の男が下心などないことはすぐに理解できたからだ。
 
 ――――もっとも、小鬼に穢された今の私達に劣情など抱けないだけかもしれないけど……。

 現状を正確に認識すればするほど、助かったという安堵とともに、同じくらいに自分を卑下する気持ちが長女の中に生まれる。
 とはいえ、救い手にして命の恩人たる侍にそれをぶつけるのは筋違いであるし、本当に善意から拭き清めてくれたことも、彼女は理解していた。
 実際、一時でも彼女が自分の境遇を忘れることができ、目覚めが本来よりましなものになったのは、侍のおかげなのは間違いない事実であったのだから。

 「救っていただき本当にありがとうございました。……申し訳ないのですけど、少し一人にしてもらえますか?」

 冷静になれば、長女としても侍に対しては感謝しかないが、それでも今は一人になりたかった。

 ――――隣村との縁談は御破算でしょうね。そもそも村が壊滅したから、縁談の意義が失われてしまったし。いえ、それ以前に、小鬼(ゴブリン)に胎を穢された女を嫁に欲しがるわけないわ。

 小鬼禍が、辺境の村々にとって珍しい事ではないとは言っても、それとこれとは話が別である。犯し穢された娘を嫁に欲しがる男はいない。同じ人種であってもそうなのに、相手が小鬼となれば言うまでもない。
 残酷なようだが、これはある種仕方のないことでもある。強引に犯されるなどされた時、母となる機能を喪失してしまうことはままあることだからだ。血を残すことが前提で行われる嫁取りにおいて、これは致命的なものだ。
 まして、長女のように外部との繋がりを強化する為に行われる結婚においては、尚更だ。
 
 ――――ここ三代位、村内での婚姻が続いていたから、頼れる程の縁が外部にない。その為の私やあの娘(次女)の嫁入りだったんだし。

 面白いもので、科学技術や医療技術が進歩していなくても、人というものは経験則から答を導き出す。
 辺境の村であれば、血が濃くなり過ぎるのを嫌って、定期的に外部の血を取り入れるとか、近隣の村との婚姻によって、新しい血を混ぜるなどがそうだ。
 彼女達の村も同様で、長女と次女の嫁入りで近隣の村との連携強化する一方で、三女の婿取りで外部の血を取り入れることも狙っていた。

 ――――もう、村は滅びた。生き残ったのは、外に出ていた人と私達だけらしいし、村を再興するのは不可能ね。当然、私達の生活を支えてくれた畑や家畜達も駄目。畑は使い物にならないし、家畜達も略奪されてしまったか、殺された。

 姉妹全員の命は助かったものの、彼女達を生かすための財産は、小鬼達によって根こそぎ失われていた。嫁入りしようにも、自分達姉妹には、女として致命的な瑕疵があるも同然だ。まして、それをごり押しで通せるだけの権力も、目をつぶらせるだけの財産もないのだから、たまらない。

 ――――神殿に入ろうかとも考えたけど、全員生きてるのよね……。

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