チャーブルの不機嫌
連合王国首相のチャーブルは不機嫌であった。
彼を不機嫌にさせているものは3つあった。
1つは帝国が協商連合と本格的な戦争に発展しなかったことだ。
帝国が中央軍を動かした瞬間、共和国が殴り掛かる算段だったが、その策は見事に流れてしまった。
とはいえ、そちらについては既に別の策が進行している。
万が一、帝国がのってこなかった場合のプランBだ。
2つ目は帝国の中枢部との裏側のパイプが以前、全て遮断されてしまい、その後の再構築も全くうまくいっていないこと。
5年以上前の話だが、ヴェルナーが音頭を取って、帝国政府や軍が本腰を入れて防諜対策に乗り出したことにより、政府や軍の高官などで連合王国と裏で繋がっていた連中は排除されてしまっていた。
せめてもの救いはその被害を受けたのは連合王国だけではなく、共和国や連邦などもまた同じく裏側で繋がっていた連中を排除されていることだ。
今や帝国中枢の情報は以前のようには入手できていなかった。
「魔法使いめ……カネや情報の価値を帝国に教えやがって……」
友人としてなら、良い奴だとチャーブルは思う。
彼と初めて会ったのは10年前のロンディニウムで開かれたパーティーだ。
見た目は20代の若者だが、中身はそうとは全く思えなかった。
とはいえ、チャーブル個人としては良い関係を築いている。
何よりも良い葉巻をヴェルナーは定期的にプレゼントしてくれる。
勿論、チャーブルはお返しにプレゼントを送るし、更には互いにパーティーに招待し合うくらいには仲が良い。
だが、公人として見た場合は連合王国にとって最大の敵だ。
ヴェルナーのおかげで、帝国はその国力を飛躍的に高め、連合王国にとって非常に拙い事態となった。
10年前の帝国ならば、まだ問題なかった。
だが、今の帝国は単独では敵わない。
しかも強大化していくのを防ぐ術が連合王国にはなかった。
何しろ帝国は戦争をせずに、純粋な経済活動で、欧州において覇権を築きつつある。
対岸に、そのような強大な国家が出現することは連合王国の安全保障上、極めて問題がある。
一部には帝国との同盟論が出ているが、まだそれを検討するべきではないとチャーブルをはじめ、多くの政治家達は思っている。
だが、現実として連合王国においても帝国の製品は至るところで売買され、街中では多くの帝国製自動車が行き交っている。
一方で、連合王国における自動車メーカーや航空機メーカーの一番のお得意様が帝国のヴェルナーだというのだから、お笑いだ。
彼は各メーカーの新車が出る度に色違いを何台も纏めて購入してくれているし、他にも色々なものを大量に購入してくれる。
しまいにはフィッシュ・アンド・チップスの専門店を帝都に開いてくれとチャーブルは彼からお願いされたことまであった。
連合王国としては関税を高め、帝国製品が入ってくることを防ごうと検討されたこともあったが、予想される国民の反発を議員達は恐れ、また経済界の反対もあって無理だった。
共和国でも似たようなものらしい。
どの国でも経済界は政治家達にとって無視できない存在だ。
彼らは愛国心を持っているし、商魂逞しいが、ハイリスクハイリターンである戦争をしようとは微塵も思っていなかった。
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