とある家族の幸福、ターニャの休暇先での一コマ
アンソン・スーは朝刊を読みながら、溜息を吐いた。
思った通りの展開になったからだ。
「パパ、どうかしたの?」
「ああ、うん、いやまあな……」
娘のメアリーからの問いに彼は曖昧な返事をする。
協商連合政府、帝国政府との和平交渉開始――
そんな見出しが新聞の一面に踊っている。
前回の越境で敗れ去ったとき、参加した全ての軍人が警告していたにも関わらず、今回、ノルデン奪還戦争だと威勢の良い言葉とともに帝国に殴りかかった協商連合。
以前よりも多数の兵力を注ぎ込めば帝国軍に勝利できると政府は考え、軍も共和国や連合王国から供与された大量の装備に気を大きくしたのか、それにのってしまう。
動員して揃えた10を超える陸軍師団、多数の魔導師部隊、連合王国と共和国から贈られた数百機の航空機。
それらが開戦1ヶ月程で壊滅するという、酷い結果となってしまった。
それ以後、戦力再建に努め、国境地帯の防備に全力を注いだものの、その間に共和国が一瞬で帝国軍に飲み込まれ、連合王国の本国艦隊もスカパ・フローで壊滅した。
事前の予想――多数で殴れば帝国は倒れる――は既に覆り、政府も軍も腰砕けとなっていた。
アンソンはもはや軍人ではないので、政府や軍の思惑を気にする必要は微塵もない。
捕虜となったが、無事に帰ってきた彼は惜しまれたものの、除隊したのだ。
その決断をした理由は家族の為だった。
妻と娘を置いて、一人で逝くわけにはいかない――
その思いに彼は突き動かされた。
無論、それには当時、帰ってきたアンソンに泣きながら縋り付いたメアリーの存在も大きい。
パパが帰ってきて良かった――!
その一言とともに涙を流しながら、微笑んだメアリーの顔がアンソンには忘れられない。
もう十分、国に対する義務は果たした、だからもういいだろう――
部隊で生き残ったのが彼だけだったら、そうは思わなかったかもしれない。
だが、彼以外にも3人の生き残りがいた。
彼らはアンソンよりも若い者達だったが、彼らもまた除隊し、新しい人生を歩み始めている。
「あなた、そろそろ出発しないと……メアリーも」
「ああ、そうだな。今日も昨日と同じくらいの時間に帰ってくる」
アンソンは今、材木会社で現場作業員として働いている。
メアリーも同じ会社に事務員として就職できたので、父娘一緒に出勤し、一緒に帰ってくるという生活だ。
帝国との和平が成立すれば、会社も帝国向けの輸出で忙しくなる――
アンソンはそう思いながら、忙しくなる前に提案する。
「今度の週末、皆でどこか出かけよう」
「賛成!」
「あら、いいわね」
娘と妻はすぐに賛成してくれた。
軍人時代には中々できなかったことをやらなければならない、とアンソンは心に決めていた。
ブラチ島のビーチでターニャはのんびりとしていた。
既にこの島に来て3日が経過し、思う存分休暇を満喫している。
彼女が休暇にあたって悩んだのは、水着である。
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