八話
突然俺がいる資料室に入ってきたのは、俺と同じ五車学園の男子生徒で、彼は中々に素早い動きで物陰に隠れてしまった。そしてその直後に二十歳くらいの女性の対魔忍がやって来て「ここに男子生徒がやって来ませんでしたか?」と聞いてきた。
女性の対魔忍が聞く男子生徒というのは恐らく今この資料室に隠れている男子生徒で、別に彼女に教えても良かったのだが、俺は何となく気まぐれで「来ていませんよ」と嘘を言うと、その女性の対魔忍は資料室を後にした。そして女性の対魔忍の気配がしなくなったのを確認してから俺は、報告書を作成する作業を続けながら物陰に隠れている男子生徒に声をかけた。
「もう行ったぞ。そろそろ出てきたらどうだ?」
「ええ、ありがとうございます。……あの、五月女先輩ですよね? 『蜘蛛の対魔忍』の異名を持っている……」
「? 何で俺の名前を知っているんだ?」
まだ名乗ってもいないのに男子生徒は俺の名前を呼び、俺は思わず彼の方を見た。
「いえ、五月女先輩は最近有名ですから」
「ああ……」
俺は男子生徒の言葉を聞いて納得する。
確かに俺は、先月から電磁蜘蛛の集雷獄を使用した敵への暗殺(?)任務を二回ほど受けており、それによって他の対魔忍達から以前より少し名前を知られるようになっていた。この男子生徒も、それによって俺のことを知ったのだろう。
「なるほど……。それで? 何で君は逃げていたんだ?」
「それは、その……。対魔忍の訓練が嫌になって、つい……」
「そうか」
俺の質問に男子生徒は気まずそうに目を逸らしながら答えて、それを聞いた俺は再び納得する。対魔忍の訓練はかなり過酷で、訓練によって大怪我をする者もいれば、心がくじける者もいる。その事を考えれば、この男子生徒が逃げ出したくなるのも理解できるのだが……。
「でも訓練はしておいた方がいいぞ? この学校にいる以上は君も対魔忍になるんだろ? 対魔忍になれば最後に頼れるのは自分の実力だけだ。訓練をしておかないと、最終的に自分の死期を早めることになるからな?」
「それは分かるんですけど……。俺、まだ忍法に目覚めていないから、皆についていけなくて……」
「忍法が?」
俺の言葉に男子生徒はいよいよ辛そうな表情となり、それを見て俺は三度納得して、同時に彼の状況を理解できた。
対魔忍の家系に産まれた子供は、そのほとんどが何らかの忍法に目覚めて対魔忍となるが、全てが忍法に目覚めるわけではない。
そしてこの五車学園は、基本的に入学が認められるのは忍法に目覚めた者だけなのだが、長年対魔忍を輩出してきた所謂「名門」の出身者は、例え忍法に目覚めていなくても「いずれは忍法に目覚めるだろう」と将来性を見込まれて入学を認められることがある。
つまりこの男子生徒は、対魔忍の名門の出身だが未だに忍法に目覚めていない五車学園の生徒だということだ。そう考えると彼を探してこの資料室にやって来たあの対魔忍の女性は、彼の家に使える分家筋の人間なのだろう。
対魔忍の世界では「対魔忍は忍法を使えてこそ対魔忍である」という風潮が強く、そんな中でこの男子生徒はさぞ肩身の狭い思いをしてきただろう。それに加えて対魔忍の訓練は基本的に忍法の使用を前提としているので、忍法が使えない彼は訓練についていけなくなり、嫌気が差して逃げてきたのも仕方がないのかもしれない。
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