ハーメルン
ようこそ人間讃歌の楽園へ
三者三様、少年少女は最後の夜を過ごす。




 特別試験6日目。いよいよ試験は今日を入れてあと2日となった。
 天気は曇天。雨が降り出す一歩手前のような空だった。
 最終日前日の朝は取り立てて何があるわけでもなかった。
 朝の点呼を済ませ、朝食を作って食べるクラスメイトたち。
 誰も寄せ付けないで一人で黙々と食事をする軽井沢。
 それらから少し離れたところで一人果物を齧る柚椰。
 昨日打ち合わせした通り、Dクラスはこれまで通りの生活をルーティンとして行なっていた。
 食事を終えると、クラスは今日の仕事へと取り掛かる。
 あと1日分の食料さえ確保できればポイントを消費せずに試験を終えられる。
 そのため探索にも一層熱が入っている様子だ。
 男子は平田を、女子は櫛田を中心に役割分担を始める。

「柚椰」

「ん」

 周囲が慌ただしく動くのに紛れて、綾小路は柚椰のところに行き声をかける。

「明け方に伊吹の鞄を漁ったらデジカメが入ってた。恐らくだがキーカードを撮影するためのものだろう」

「なるほどね。それで?」

 柚椰が言わんとしていることを察している綾小路はコクリと頷いた。

「あぁ、既に壊しておいた。これで伊吹はキーカードを盗る以外に龍園に情報を渡す方法はなくなる」

「ありがとう。あとは俺が彼女と交渉するだけだね。話が付いたら報告するよ」

「頼んだ」

 綾小路は手早く報告を終えると、他の男子に交ざるように平田の元へ向かっていった。





「チッ……」

 動き出すDクラスの人間たちを眺めながら伊吹は舌打ちした。
 彼女の目論見は外れ、Dクラスはこれまで通りの動きをしている。
 それが尚更腹立たしく、彼女は苛立ちを募らせていく。

「(アイツがクラスで信用されてるのがこうも仇になるなんてな……)」

 柚椰が下着泥棒の罪を被ったときは意図が読めなかった伊吹だが、その後のクラスの動きでようやく彼の意図が理解できた。
 それと同時に彼女は確信していた。
 柚椰は事件を起こした犯人が自分であることに感づいていると。
 だからこそこちらの目論見を潰すために自分を犯人に仕立て上げたのだと。
 彼女は改めて理解した。
 黛柚椰という人間がいかに計算高く、そして油断ならない男であることを。

「(どうする……もう時間がない……)」

 試験は残すところ後2日。
 明日の正午にはリーダー当てが行われる以上、今日中にDクラスのリーダーが誰であるかを知らなければならない。
 今の段階で伊吹がリーダーだと疑っている人間は三人。
 言わずもがなクラスの中心である平田。同じく主軸として機能している櫛田。
 そして昨日の朝の一幕で柚椰の意図にいち早く気づいた堀北の計三名。
 ここまでは絞り込めた彼女だったが、それ以上絞り込むことは出来ていなかった。
 というのも、三人ともキーカードを出す素振りを見せなかったのだ。
 Dクラスがスポットである川を占有している以上、更新する瞬間は必ず訪れると踏んでいた。
 しかし三人は皆他の生徒に交じって端末の方へ行く素振りは見せてもキーカードを取り出す瞬間は見せなかった。
 そして気がつけば川のスポットは更新されているという状態。

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