ハーメルン
Dead Man Walking《完結》
光が見えても振り返ってはならない(1)

 未確認生命体捜査本部の看板が、何年かぶりに会議室ドアの横に掲げられている。
 氷川は以前の対策本部を見た事はない。隣の河野が、何だか懐かしいなぁ、と素直な感想を述べた。
 氷川と河野は、アンノウン事件での捜査の実績から、現在は警視庁刑事部捜査一課・特殊犯捜査第四係に配属されている。
 まさにアンノウン事件のような、どのカテゴリーにも当てはまらない異常事件の捜査を担当する部署だった。
 そこで氷川と河野は、ある連続失踪事件を追いかけていた。
 行方不明事件など珍しくはない。統計上の数字だけでも、日本の行方不明者は年間十万人を超える。実際はその倍、数倍の人数が行方不明になっていると推測される。
 氷川と河野がこの事件を追いかけ始めた切っ掛けは、ある失踪事件だった。とある資産家の息子とその恋人が失踪した。
 犯人と目された青年は資産家の息子とは従兄弟、その恋人とも以前付き合っていたが、交通事故により数年間植物状態にあって、目覚めたばかりだった。痴情の縺れから青年と資産家の息子、その恋人がそれぞれに言い争っている場面を目撃されていたため、事件性があると思われたが、三人とも完全に失踪し、痕跡を探し出す事が出来なかった。
 死の淵から蘇った青年が二人とどんな関係にあったのか、彼もまた何かの事件に巻き込まれて失踪しただけなのか。下世話な想像は簡単に出来たが、三人の足取りは完全に途絶え、追えなくなってしまった。
 そして奇妙な事に、二人が最後に目撃された付近の現場に、白い灰が僅かに残されていた。
 それだけなら、それで終わっていただろう。だが氷川はある日、都内の失踪事件のファイルを調べて、ある事に気付いた。
 『死の淵から生還した者』が行方不明になり、その際に周囲の確執のあった者も同時に行方不明になっている。そんな事件が、いくつかある事を。
 まるで存在そのものが消えてしまったように、彼らの足取りは一切辿れない。
 加えて、奇妙な目撃情報があった。失踪者が最後に目撃された付近で、灰色の怪物が触手を伸ばし人間の胸を貫くと、その人間が灰になり崩れ落ちた、という荒唐無稽な証言だった。それが、時折、申し合わせたように、『死の淵から生還した者』が失踪する事件の目撃情報として報告される。
 元を辿れば、氷川と河野が失踪事件を担当したのも、その現場付近で『灰色の怪物』が目撃されたからだ。
 アンノウンの不可能犯罪も信じ難い現象だったが、こちらも負けていない。灰色の怪物の実在はどうあれ、氷川と河野には、これはただの失踪ではないという確信が生まれた。誰も見向きもしない事件を、二人は二年間地道に追い続けていた。
 アンノウンが事件に関係している、と北條に言われた時、氷川が思い浮かべたのは、アンノウンがこれら被害者達を拉致、あるいは死体を残さない何らかの方法で殺害している、という可能性だった。だが、北條が話した事実は、それとは全く異なっていた。
 会議室に入ると、既に席は八割方埋まっていた。未確認生命体やアンノウンの脅威を、警視庁はよく知っている。アンノウンが関係しているとあれば、対応は素早かった。
 程なく、正面、大きなホワイトボードの前に北條透が現れた。順調にキャリアを重ねていた彼の現在の階級は警視、今回の捜査本部でも実質的な現場指揮を任される事となっていた。
 暫くは出席状況の確認など行っていたが、やがて北條は教壇のように据えられた机の前に立つと、室内を見回して徐ろに口を開いた。

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