ベーレ谷の旅人2
ジークは目の前の麗人の扱いに困っていた。護衛と逸れた貴族かなにかだろう、と見当付けていたのだが、彼は鼻持ちならない貴族と違って、擦れた対応はしなかった。
邪気を知らない幼子のような素直な返答ばかりが返ってくるものだから、こちらの方が罪悪感を覚えてしまったほどだ。ジークは弁が立つほうであるため、警戒心の強い者でもするりと懐内に入り込むのは得意だった。そうやって懐内に入り、情報を手に入れて暮らしてきたというのに、今日はいまいち調子が悪い。
ルファ、と名乗ったその人は、女性と見紛うほどに美しい男だった。おそらくは偽名であろうが、そんなことは気にならない。
艶やかな青い髪に、深い青の瞳と初めて見る色合いの持ち主だ。衣はトライフォースのあしらわれた仕立てのよいものであったし、その端麗な容姿から高貴な身分であることは間違いないだろう。ハイリア人の如く端麗な容姿をしているが、金髪碧眼ではない。耳こそハイリア人と同じように尖っているものだから、もしも彼が金髪碧眼であれば女神ハイリアの生まれ変わりだと騒ぎ立てられたに違いない。……男、らしいが。
食事をともに取れば不思議と警戒心は薄れるものだし、見返りがあるかもしれない、と若干の下心を持ちつつ炒めガニを振る舞ったのはいつもの流れだった。
鍛え抜かれた騎士のごとくポーカーフェイスは崩れないものの、瞳が歓喜に震えているのを見て、ジークはわずかばかり動揺した。自分の作った料理を、まるで初めて食べるものかのように感動しながら食べられたのだ。高貴な身分であるだろうし、きっと美味いものなど食べ飽きるほどに食べているだろうに。
随分と綺麗な所作をする男であった。貴族というのは間違いないだろう。ひとつひとつの何気ない仕草から、高貴さが感じられて、わけもなく後ろめたい。
それにしても美しい人だ、と感嘆する。シミひとつない真っ白な肌と均整のとれた身体。艶やかな青い髪は乱れることを知らず、ポニーテールで纏められている。知性の感じられる青い瞳は、吸い込まれそうなほどに美しい。伏せた睫毛は長く、深い深い青色であることが見て取れる。通った鼻筋の下には形の良い唇。前髪は輪郭に沿うように一筋だけ零れ落ちている以外、すべて纏めて結っているため、細い輪郭や小さな顔貌が優れているのがどの角度からもわかる。先ほどまではフードを被っていたが、目深に下ろしたフードを取った瞬間、あまりの美貌にジークは心の底から驚いた。本当に、生まれてくる性別を間違えていると思う。女性の一人旅は危険だし、男だと偽っている可能性は捨てきれない。女だったらいいな。いや、そうなると緊張して話せなくなるし、男でよかったか。
たっぷりの時間をかけて始終興味深そうにルファが炒めガニを完食するのを見届け、問いかける。
「これ、俺の住んでた家の近くでよくとれるんです。マックスサザエ。よかったら、貰ってください」
「ああ……いいのか?」
はい! 貴方に食べられた方がきっとマックスサザエも喜びます! とはジークの心の声だ。
「どこからいらっしゃったんですか?」
ジークにしては珍しい、打算のない素直な問いかけであった。
食事をして心を許してもらうはずが、彼の素直な食べっぷりに心を許したのはジークのほうであった。警戒心を抱かせない人形のような印象を受ける彼のもつ雰囲気も、ジークが心を許す理由のひとつだった。ジークのように打算などなく、素直にこのハイラルの地を生きている。
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