ハミ出せ!まちカドまぞく ~企業戦略編Ⅱ~
「──あとは冷やすだけ、と」
型に流し込んだチョコレートを冷蔵庫に入れて、楓は一息ついてからエプロンを脱ぐ。3月14日のホワイトデー当日になって調理をしているのは、単純に前日まで忘れていたからである。
「こっちも焼き上がる頃か……」
和室の台所に置かれたオーブンというややシュールな光景は、人によっては笑ってしまうだろう。来客を待ちながらの料理は嫌いではない──と思いながら、楓の目は携帯の画面に向く。
『そろそろ着くよ~』というメッセージを一瞥して、それからチンとオーブンのタイマーが0を知らせる音を鳴らす。
ミトンを着けた手で中身を取り出すのとチャイムが鳴るのは、ほぼ同時だった。
取り出した物をまな板の上にトレーごと置き、ミトンを外してドアを開ける。
視線の先には、見慣れた顔を寒さからほんのりと赤くした少女──杏里が居た。
「お待たせ、うぅ……さむっ」
「外は冷えてるみたいだな」
「お邪魔しま~す」
「暖房入れたから…………ん?」
自分の手を揉みながら楓の部屋に入る杏里に続いて、さも当然であるかのように黒い髪を伸ばした少女までもが入ってきた。
「……小倉」
「なにかなぁ?」
「なんで居るの」
小倉が振り返り、疑問符を浮かべる。居ちゃダメ? と聞いて、楓の答えを待った。
すると、先に部屋に入った杏里が楓の代わりに答える。
「あー、なんか荷物片手にうろちょろしてたから捕まえてきたんだよ。外寒いし」
「荷物?」
「バレンタインの時にすっかり忘れてたから、さっき買ってきたんだよぉ」
手に持っている赤い小さな紙袋からは、微かにカカオの香りが漏れていた。
変なところで律儀だな、と小声で言った楓は小倉を招き入れて扉を閉める。
「あれ、ミカンとウガルルちゃんは居ないんだ」
「この前、隣町の柑橘類スイーツ食べ放題の割引チケットを当てたからあげたんだよ。人数が二人までだったからウガルルと行かせた」
「……楓は行かなくてよかったの?」
「ホワイトデーだったのを昨日思い出したんだから仕方ないだろう。お陰で朝から体がチョコレート臭くなってる気がする」
ちゃぶ台を中心に座り胸元をパタパタと手で扇ぐ楓に、座ったまま近付いてきた杏里が顔を寄せると鼻を鳴らす。
「えー、ほんとにぃ?」
「わざわざ嗅ぐな」
「……うわ、ほんとにチョコの匂いする」
横目で小倉を見れば、何が楽しいのか二人を見てにこにこと笑っている。
楓が杏里の額をピンと指で叩いてやめさせると、立ち上がって台所に向かう。
「今年は何作ったの?」
「ガトーショコラと生チョコ。生チョコは冷やしてるから少し待ってて」
「楓くん料理上手だねぇ」
出来立ての湯気が立っているガトーショコラに包丁を向けて、思い出したように二人を見た。
「朝に作って冷蔵庫で冷やしてる方と、さっき出来た温かい方。どっち食べたい?」
「じゃあ出来立てのやつ~」
「私は冷たい方がいいかなぁ」
「ん。了解」
冷蔵庫から出したガトーショコラも含めて人数分を切り分ける。その過程で、楓は人数分で分けられるかを数えていた。
[9]前書き [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/6
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク