桃エンドⅢ/猫耳甘えたガール
「こら、寝ない。本当に猫みたいになってきてるぞ、おーきーろー」
「んーんーんー、わかったから……」
眠たげに唸る桃は腕を上に伸ばして眠気を覚まそうとしていた。授業が始まるチャイムの音が鳴り、だるそうにしながらも桃は自分のクラスに戻っていった。
「大丈夫かなぁ」
「……まあ、大丈夫ですよ。たぶん」
心配している楓は、桃の眠気が移ったのかあくびを漏らす。
それを見たシャミ子がクスクスと笑い、痛くない程度に頬を引っ張られていた。
──夜、爛々とした瞳を輝かせる桃に腕を齧られながら、楓は布団の上で横になっていた。何が楽しいんだと聞こうとしたが、楓自身も意味もなく桃の古傷を触るのが好きなため何も言わない。
「なあ桃」
「……なに?」
「今回は何が不満だったんだ?」
「──わからない」
「えぇ……?」
楓と向き直るように寝相を変えて、首筋に顔を埋める。三角錐の桃色の耳が眼前に来て、先端がピクピクと痙攣するように揺れた。
「今は、普通に満ち足りてるし、特に不満は無いから……なんでこうなったのかわからない。多分、何か忘れてるのかも」
「忘れてる……ねぇ」
桃の背中に手を回し、お返しとばかりに髪に鼻を近づける。果物の桃の香りがふわりと漂い、服の中に手が伸びた。
「ん──楓、触り方がやらしい」
「散々匂いを嗅いだり噛んだりしてきた人の台詞がそれなのか」
じわじわと背中の肌が熱を持ち始める。吐息が熱くなり、呼吸が深くなる。
横になりながら足を絡めてくる桃と顔の距離が縮まり──不意にあることを思い出した楓が、あっ……と声を漏らして起き上がった。
続きを期待していた桃が若干ムッとしながら続けて起きると、楓にしなだれ掛かり聞く。
「どうしたの?」
「思い出した。猫だよ。厳密には虎」
「…………うーん?」
「動物園にまた行こうって約束して、それからずっとすっぽかしてたんだよ」
それはいつぞやの口約束。
動物園で虎の赤子とのふれあいコーナーを逃した桃に言った言葉だった。楓はそのことを思い出して当時の話をし、桃はすとんと胸につっかえていた違和感が腑に落ちる。
「──ああ、そっか。
そういえば、そうだったね。色々忙しくて……すっかり記憶から抜け落ちてた」
ふ、と笑い、ぐりっと頭を胸に擦り付ける。そんな約束をしていたな、と思い出して、懐かしくて──長い付き合いになったのだと自覚して漏れた笑みを、見られたくなかった。
「……ね、楓」
「なに?」
「今度、デートしよっか」
「──そうだな。二人きりで、出掛けよう」
胸元に顔を置く桃ごと背中から敷布団に倒れ込み、暗くなった室内に、くつくつと二人の小さな笑い声が木霊する。
──それから数日後にデートを挟んで、些細な問題はあったが、円満に事が進んで桃の耳と尻尾は綺麗さっぱり消えてなくなった。
何だかんだと桃の猫耳が可愛くなかったわけでは決してない事もあり、少しだけ──ほんの少しだけ勿体ないなと思ったのだが、楓は終ぞそれを口にすることはなかった。
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