蝶屋敷の休息
避けなければ、この場から逃げ切らなければ!
信乃逗はただその一心で身をよじる。
だが信乃逗は今、身動きがとれない。どれだけ動かそうとも右腕も左腕もそして両足もまるで動くことはない。今の信乃逗はかつてないほど危機的な状態と言っても良い。
(来る!来てしまう!)
眼前に迫りくるその塊りが今、無情にも信乃逗の口の前に差し出された。
「はい、あーん」
「ギャー!」
そう、今現在信乃逗は真菰に食べ物を食べさせてもらっているのだ。それも「あーん」などという言葉をセットにしてだ。
美少女に看病してもらって、その上食事まで取らせてもらえるなど、世が世なら俗世の男共が許してはおかないだろう。
——— いや、世が世でなくともその行いはきっと許せない
現に扉の隙間から真菰の噂を聞きつけた他の隊士や隠しの男共がギラギラと目を光らせている。
(いやもう、なんの拷問ですかこれ?)
信乃逗がそう思うのも無理はない。
ことの発端は数日前、信乃逗が鬼との負傷から目を覚ましたその日だ。信乃逗と同じく重症でありながら、寝台から起き上っていた真菰に信乃逗は自分の体を大事にしろと、怒って寝台に戻そうとしたのだが、この娘は非常に聞き分けがなかった。
いつまでも戻らない真菰に信乃逗が地団駄を踏みながら説得を続けた結果、信乃逗の足の傷が開いたのだ。そしてそれを見たこの屋敷の裏の主人、胡蝶しのぶによってもう完治まで動けないよう徹底的に縛り上げられたのだ。
あの時の、額に青筋を浮かべたしのぶの微笑みといったらまぁ怖い。しかしそのおかげで、真菰もしのぶによってずるずると寝台にひきづられていく事になったので、信乃逗の説得(笑)も無駄ではなかったのだろう。
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