狂い始める渦中
ゴミを漁って食料を確保し、強姦目的で連れ去られる同い年くらいの女を無視する。路頭に迷った新参者を脅して金品を巻き上げ、追って来れないように片足の腱を切って逃亡する。
成果物狙いでやってきたコソ泥を制裁し、一人を生かしたまま解体して見せしめにする。
やられたことをやり返す。
強ければ何をしてもいい、弱い者はあらゆる手段を尽くす。それが、俺が捨てられた場所―――スラムの常識だった。
金を奪っては闇市の法外な値段の鉱石病抑制剤に費やし、弱者を甚振ってスッキリしている暴漢の脳天を後ろから鉄串で貫いて全てを奪う。
カビの生えたパンや腐りかけの果物は当たり前、封が空いていないのに捨てられていた菓子があった時はラッキー。白昼は手に入れたものが奪われないか怯え、夜闇では不意打ちで殺されないか怯える。何度か犯された時はこのまま死ぬのだと悟った。
生きていたのは奇跡だろう。だから、何時でも油断しない。
機会があれば殺す。チャンスがあれば奪う。例えそれが人道に反していても、わざわざそれを咎めるようなお上品な輩はこんな所には居ない。早々に殺されるか、見た目が良ければ男女問わず犯されて打ち捨てられて終わりだ。
そんな世界に居て、同じような環境で育った奴が真逆の成長を遂げていた時、人はどう思うのだろうか。
“俺”の場合は、ただひたすらに信じられなかった。
初めて出会った時、“妙に小綺麗だ”と思った。傷だらけの顔とありあわせの物で作ったのだろう衣類は紛うことなく同類のものだったが、それ以上に砂埃や血脂の臭いが無いのが奇妙だと思った。
ついでに髪もそれなりに整えられ、耳の毛並みもいい。これはおかしい、新参者でもシラミの一匹はいるようなバサバサの状態なはずなのに。
だが、それだけだ。
外敵除けを越えて、わざわざ自分の住処まで足を踏み入れた不届き者を許しておく道理はない。だから。
「死ね」
まあ、いつも通り。
排除するべく、手に握ったナイフを首へ突き立てた。
――――――――はずだった。
次に目が覚めた時、自分は厚手の布に包まれて何処かへ運ばれていた。全身は夜中に降りた霜にやられた時みたいに凍えて動けず、指どころか肘や膝から先の感覚が無い。
抵抗はできず、同時に失神に近い眠気もひどかった。何度も憶えのある状態、就寝前の警戒を怠って凍死一歩手前まで体が冷えた時と同じだった。
だというのに、自分を運んでいる連中からは一切の害意を感じなかった。こちらの意識が戻ったのを確認するや否や「良かった」「大丈夫か」と寄ってたかって声を掛け、あまつさえ暖房の傍まで連れて行って手当をする始末。
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