雑種狼犬と血統雪豹/dog and cat
体が痛む、魂が削られる。岩塩の塊をヤスリで削るように、じわじわと取り返しの付かない何かが失われていく感覚に囚われながら、青年―――カイナの目は覚めた。精神的なものに近い鈍痛はともかく、肉体のソレは何なのかと腕を見てみれば、痛みの根元である肘から先は両方とも存在せず、代わりに鈍色を放つ鋼鉄がへばり付いていた。
「幻肢痛だっけか、ああくそ、痛い」
錆びた釘でも打ち込まれたかのように痛む架空の両腕。脂汗すら出てくる激痛を我慢しながら痛みの箇所を数度殴って金属音を発すれば、現実と妄想の境を矯正するかのように痛みは引いていった。存在しないが故に物理的な処置が通用しないなら、存在していることにして修正すればいい。かつて苦し紛れに思いついた方法だったが、それなりの効果を発揮していた。
ちなみに喪失した原因というのはひどく単純で、鉱石病の進行によって発生した激痛に耐えかねて半ば狂乱状態で切り落としただけの事。後に切断された腕を見た闇医者曰く、「神経に刺さった源石を除去すれば喪失せずに済んだ」とのことで、自分の馬鹿さ加減に失笑すら覚えたのが記憶に新しい。
「得物、得物……あぁ脱衣所か、しまったな」
衣類を着込み、顔を隠せる面頬付きのポンチョを羽織り、そして洗濯物の中に突っ込んだままにしてしまっていたベルトを着けてから「得物」を引き抜いて検分する。
合成繊維の紐がグリップに巻かれた両刃の大型ナイフ。極東の地域では苦無と呼ばれる投擲武器に似た作りでありながら刃渡りが肘まであるソレを順手、逆手と持ち替えて義手に馴染ませる。
「……さて、錆落とし……と」
ナイフを脚のベルトに付いた鞘へ戻し、雑に扱ってしまった義手の動きを確かめて問題がないことを確認し、数度深呼吸をして脱力―――――瞬間、一度納めたナイフを素早く引き抜いて構える。そのままジャグリングの要領で両手を順手、逆手で往復させて鞘へ。そして再び一瞬で引き抜き、今度は刀身を持って投げる動きを加えたジャグリング。体の一部として武器が扱えなければならないという名目の元、毎日病的なまでにナイフ捌きを訓練・確認するのが彼の日課だった。
「油断するな、敵はこちらを容易に越える」
自身に言い聞かせるように、と言うよりは呪いとして刻み込むように独り言を呟き、ナイフ捌きに実戦の動きを組み込んでいく。まずは腕、次に足、続いて丹田、心臓、首。確実に死ぬ場所を直接狙うのではなく確実に動けなくなる箇所、即ち腱から急所へと駆け上がるように潰す挙動。敵を確実に殺すための動き。
[9]前書き [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/7
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク