第9話 俺です! 弐式炎雷です!
カルネ村のエモットは妻一人、娘二人を養う極普通の村民だ。
日々の畑仕事に精を出し妻を気づかい、娘達を愛でて躾ける。平均点以上の父親と言える。
その日の朝。村の外縁部で悲鳴が聞こえ始め、多数の村人が大森林へ逃げ込むのが窓から見えた。エモットとしては同様に逃げたかったが、外へ水汲みに出かけたエンリが戻らないため、彼女を待つこととする。結果、エモット家の人々は逃げるのが遅れてしまった。
「エンリ……」
妻が心配そうに呟くのを抱きしめ、髪を撫でながら「大丈夫、大丈夫だ」と宥める。どうするべきだろうか。娘を待たずに家を飛び出るか。ジリジリとした時間が流れていき、外から聞こえる悲鳴は徐々にエモット家へと近づいてくる。
そこにエンリが駆け込んできた。
「エンリ! 無事だったか!」
「お父さん! 鎧を着た人達がたくさん居て、村の人達を! モルガーさんも……」
「わかってる!」
いや、解ってはいない。だが、今は事情を知ることより逃げることが先決だ。エモットはテーブルにあったナイフを掴むと、妻と娘二人を連れて家を飛び出そうとした。そこへ、出口の扉が外より開かれたのである。
入ってきたのは全身鎧を着込んだ戦士……いや騎士だ。
手には抜き身のロングソードを持っている。鎧の胸元の紋章は、カルネ村が属するリ・エスティーゼ王国……とは敵対関係にあるバハルス帝国のもの。いつもは城塞都市エ・ランテルに武力侵攻をしているのだが、どういうことか開拓村に手を伸ばしてきたらしい。
その意図は何か、事情を知る者が居たら疑問に思った事だろう。だがエモットのような田舎村民には、『王国の紋章と違う』程度にしか思えない。じっくりと観察できれば、あるいはバハルス帝国の紋章だと気づけたかも知れないが、今はそんな場合ではないのだ。
「う、おおっ!」
短い雄叫びと共に、騎士に飛びつく。
「あなた!」
「お父さん!」
妻とエンリが叫ぶのが聞こえた。ネムの声は聞こえない。恐らくは怯えて声も出ないのだろう。
ドダン!
音高く騎士と共に倒れた。
その衝撃で騎士はロングソードを取り落としたらしい。だが、騎士の腰には短剣がある。それを抜こうとする手を押さえ、こちらは鎧の隙間にナイフを……こちらの手も掴まれた。
このまま床に転がり揉み合っていても、騎士相手に勝てるかどうかわからない。恐らくは負ける。それに村には大勢の騎士が来ているのだ。あと一人でも増えたら、皆殺しにされることだろう。
だからエモットは妻に向けて叫んだ。
「逃げろ!」
床を転がりながら反応を伺うと、妻がエンリの手を引いている。だが、エンリが動こうとしない。ネムもだ。震えながら立ちすくみ、こちらを凝視している。
「逃げろ! エンリ!」
再度叫ぶと、エンリがパッと身を翻し、ネムの腕を掴んで立ち上がらせるのが見えた。逃げる気になってくれたらしい。妻に先導される形で娘らの姿が見えなくなると、エモットは一瞬だけ気を抜いた。
そして思い出す。
納屋には昨晩から旅人を自称する男、ニシキが泊まっていることを。
(彼は逃げただろうか。納屋に留まっているのか? 隠れていた方が……いや、逃げた方が安全だ)
そう判断すると、一息吸って男の名を叫ぼうとした。
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