ハーメルン
理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)
第十八話 大魔
ルティン王国は王都の他に七つの都市、十五の地方と百の村を抱える東の王国である。
海に面し、いくつかの山も所有するこの国は豊富な海産物と山菜を目当てに訪れる旅人も多い。
普段ならば多くの人々の活気で賑わう王都の城下町……だがその日に限っては、いつもと様子が違っていた。
多くの民が持てるだけの荷物を持ち、我先にと逃げようとしている。
その理由は、驚くべき速度で進軍してきた魔物の軍勢を恐れてのものだ。
既に王都から少し離れた場所で国の存亡をかけた決戦が始まっており、兵士達が必死に奮闘している。
城の抱える全兵士を動員し、魔法師団を動かし、周辺都市からも続々と領主や貴族に率いられた援軍が集まって来る。
義勇兵が集い、荒くれ者が我こそはと勇敢に名乗り出た。
普段はいがみ合っている者同士もこの時だけは愛する母国の為に、さあ行くぞと互いを鼓舞し合いながら背中を預け合い、味方の死を力に変えて有志達が剣を握る。
王族も自ら戦場に馳せ参じて味方の士気を高め、皆が一丸となって脅威に立ち向かった。
「ホウ……下等ナ人モ少シハ頑張ルデハナイカ」
その抵抗を、巨大な三頭犬の上から見下ろしているのは、巨大な『鬼』であった。
身長3mを超える巨躯は漆黒の毛皮で覆われ、頭部からは硬い角が二本伸びている。
よく見ればそれは猿のようにも見えるが、猿とは比較対象にもならぬほどに禍々しく力強い。
この怪物こそが、この魔物の軍勢を率いている事は誰の目からも明らかであった。
これは一体何者なのか? 少なくとも普通の魔物ではない。
魔物は野生動物を魔女の力で変えたもの。しかし野生動物の中にこんな鬼などいない。
猿が魔物になってもこんなに巨大化はしない。こんなに強くはならない。
これは魔物であって魔物ではないもの。その規格外の魔物を人々は恐れを込めて『大魔』と呼ぶ。
大魔は魔女が作り出した、魔物を超えた魔物だ。
多くの動物を魔物へ変え、そしてそれらを同じ場所に閉じ込めて殺し合わせる。
そうする事で最後に生き残った魔物は他の魔物を喰らい、従来の個体とは比べ物にならない強さを得るのだ。
その大半は以前にエルリーゼが蹴散らしたドラゴンのような、ただ強いだけの魔物となる。
御伽噺で謳われるようなドラゴンには人語を介する者や人間よりも高い知能を持つ者もいるが、少なくともこれまでに人語を話すドラゴンが確認された事はない。
勿論ドラゴンを始めとする強力な魔物達は大魔ではない。戦闘力を言えば大魔に比肩、あるいは匹敵するが、やはり強いだけの魔物だ。
大魔とは、この不自然極まりない進化の中で知恵を手にした者を言う。
そして大魔になって知恵を手にする動物は、人に近いと言われる猿やゴリラに多い。
他には犬やイルカ、カラスなどが大魔になる事もある。
とにかく知能が元々高い生物だけが、大魔になる権利を有している。
尚、当然ながら人にそれは行えない。脆弱な人間は魔物化する事もなく、魔女の力に耐え切れずに死ぬからだ。
大魔の誕生は、手順は単純なれど難しい。
百回挑戦すれば九十九回は確実に失敗する。
何故なら先述したように、魔物化した猿というのは本来それほど強くはない。
つまり、まず殺し合いの時点で脱落してしまう。
余程運に恵まれた個体だけが、他の魔物に相手にされなかったり、隠れ続けたりする事で生き延びて漁夫の利を手に出来るのだ。
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