ハーメルン
理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)
第十八話 大魔
そうして生き延びても、その個体が耐えられるかが分からない。
大魔になる前に大半は耐え切れずに、人と同じく死に至る。
誕生の確率は恐ろしく低い。
だがその過酷な低確率の門を抜けた先にこそ、従順で魔物の指揮も任せられる優れた魔女の片腕が誕生するのだ。
「恐れるな! 前に出ろ! 気持ちで負けるな!」
「俺達ならば勝てる! 諦めるな!」
「我等が負ければ国が蹂躙される! ここが踏ん張り所ぞ!」
人間達はこの苦境の中でも希望を捨てずに戦う。
だが悲しいかな。力が足りない。数が足りない。
この軍勢を前にしてはいくら頑張ろうと消化試合でしかなく、滅ぼされるのが遅いか早いかの違いしかなかった。
「諦めるな! せめて民が逃げるまでの時間を稼げ!」
大魔――鬼猿とでも呼ぼうか。その怪物は、思わず噴き出してしまった。
人間の中の隊長格の一人と思われる男の言葉が可笑しくて仕方ない。
こいつらは阿呆なのだろうか?
ほんの短い台詞の中で、もう言葉が矛盾している。
諦めるなと言ったその口で、直後に『民が逃げるまでの時間を稼げ』ときた。お前が一番諦めているではないかと鬼猿は嘲笑してやりたい気分だった。
時間稼ぎ――嗚呼、何と惨めな敗者の言葉。
既に目的がすり替わっている。勝って国を守るのではなく、もうそれは無理だからせめて犠牲を減らそうと勝利を放棄している。
勝つ事を諦めた言葉だ。負けを受け入れた可哀想な鼓舞だ。
「ドレ……俺モ少シ遊ブトシヨウ」
鬼猿が三頭犬の背から飛び降り、兵士達の中央に着地した。
数人の兵士を下敷きにし、そして手に持った棍棒を振るう。
するとそれだけで、周囲にいた兵士達が枯れ木のように吹き飛び、身を守るはずの鎧はビスケットのように砕け散った。
「う、うわわわ……」
「恐れるな! あれが敵将だ! 討ち取れ!」
「あいつを倒せば敵は崩れる!」
単身で降り立った鬼猿に兵士達が挑む。
だが鬼猿はその決死の抵抗を嗤い、棍棒でまたしても兵士達を殴り飛ばした。
鎧が砕ける音が響き、何人もの人間が原形を失って空を舞う。
大魔の戦闘力はドラゴンに比肩する。
そのパワーは城の城壁を容易く砕き、強靭な皮膚は剣も槍も通さず、馬鹿げた生命力は魔法にも平然と耐え抜く。
聖女を守る為に狭い門を潜って特別な訓練を受け、そして認められたエリート中のエリートである『魔法騎士』……一人が一個小隊に匹敵すると謳われるその者達ですら単騎討伐は出来ない。
複数人がいて、ようやく打ち倒せるというそれと、この鬼猿は互角に戦える。
雑兵が何人向かっても、勝てる相手ではない。
飢えた野生の大熊を前にして、素手の幼子が百人で挑んでいるようなものだ。
作戦を考えて罠を張り、武器を調達して戦えば勝てるかもしれない。決して絶対勝てないわけではない。
だが正面から挑んで勝てるか? いや、無理だ。
幼子の腕力と柔らかな拳でいくら叩いても、熊の毛皮は貫けない。筋肉には通らない。
それと同じで、兵士の攻撃は鬼猿には通じない。その上で向こうの暴力だけが一方的に死者を量産し続ける。
兵士が全滅し、国が踏みにじられるのはもはや時間の問題だった。
だが、その問題の時間を稼いだからこそ。
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