ハーメルン
不良隊長と人造少女達の成長戦記
第二話『七本脚の蜘蛛』

 鬱蒼と生い茂る亜熱帯植物の森は、まるで人の侵入を拒むかの様に無秩序に立ちはだかる天然の城壁だった。自身が前に進んでいるのか、横に逸れているのかさえ分からない。方向感覚を狂わす足場の悪さと、五感を狂わす匂いと騒めきを備えていた。

「GPSがもっと気軽に使えれば迷わなくて済むんだがな。方位磁石は本当に合ってんのかねコレ」
「ちょっと、今更そんな事言わないでよ! 指揮くらいまともに取れないの? このとうへんぼく!」

 地図とコンパスを両手に持ってぼやく青年隊長に対して、先頭を進んでいた人物が機敏に反応して振り向いて来る。銀髪をツーサイドアップにしたその少女は上官に対して臆面も無く暴言を叩きつけると、プリプリと肩を怒らせマチェーテで枝葉を切り払って再び行軍を開始した。湯気が出そうな位怒ってはいたが、進むのに邪魔になる植物だけを的確に排除している。ただ喧しいだけではないのは、流石兵士と言った所だろうか。

「とうへんぼくってフレーズ気に入ったのかよ、お姫様。心配しなくてもこのまま進んで川にぶち当たれば、あとはそれに沿って上流に向かうだけだ」
「根本的な指示が間違ってたら、信頼も何もないって言ってんのよ! 指揮位しっかりしなさいよね。あと姫って呼ぶな!」

 きっちりと仕事はこなしながら、青年の軽口にケンケンと吠え返す斥候の少女。小気味よい反応を弄るのは微笑ましい物だろう。ここが敵陣でなければ。

「たーいちょー、ツンデレを弄りたくなるのは解りますけど、敵の偵察機に見つかる可能性があるのでその辺にしときましょうよ」
「だっ、誰がツン――むぐぐ……」

 見かねた殿の副隊長があえて青年隊長にだけ諌める声を掛ける。それにすら律儀に反応しかけた斥候少女だが、流石に騒ぎ過ぎたと思って言葉を飲み込んだ。青年隊長はもちろん、その反応を見てニヤニヤと口元を歪めている。

「油断してる訳じゃないが、このぐらいの軽口は許せよ。こっちには優秀なソナー要員が居るだろう?」
「ふへっ、うふふふふ。周囲に敵性音無し。あはっ、ふふふっ……」

 緩い雰囲気を醸し出しているのは何も油断しているからではない。歩くパッシブソナーこと、笑顔の絶えないイヤーマフ少女が何も反応していないからだ。彼女が騒がないと言う事は、周囲に軽口を聞きとがめる敵は居ないと言えるだろう。少なくとも青年隊長はそう思っていた。

「言っておきますが、彼女がソナーとして役に立つのはあくまで音が聞こえた場合に限ります。静音性の高い暗殺者や超長距離からの狙撃には対応出来ませんからね」
「敵側の主力はAI制御の多脚戦車だから騒音の塊みたいなもんだろ。つーか、こんなジャングルで狙撃銃持ってきてる奴なんて、お前ぐらいだろうから気にすんな」

 今度は軽口の相手を副隊長へと移す。これを油断と言わずなんと言うのだろうか。副隊長の表情筋の死んだ様な表情が、心なしか憮然とした物になっている様な気がしなくもない。

「あはははっ、敵多脚戦車の駆動音確認! 前方に二体、くふっ! ふぐううううっ……」

 そんな時だった。索敵少女の笑い声が唐突に大きくなり、それを本人が無理やり両手で口を塞いで抑え込む。焦れば焦る程に、それは笑い声となって外に出てしまうから。せっかく敵を見付けても、自分でそれを台無しにする訳には行かないと言う心理だろう。
 そんな風に苦し気に笑う少女に、青年はあえて声を明るくして言葉を掛ける。

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