契約03
「いやぁ、急な話で悪かった。どうしても君に会いたいという人がいてね」
「あ、いえ。決して忙しいというわけではなかったので・・・」
企業訪問が終わり、時計が11時を回る頃、久しぶりに乗る助手席の感覚に、なんだかいつも自分で車を運転してる為違和感を覚えながら、俺は美城プロさんの車に乗せられて美城プロダクションへ向かっていた
会社を出て行く直前、姉さんも行きたいと駄々をこねていたが、まだ仕事があるとひな先輩に引き止められ渋々工場へと戻っていった
職業柄、車に乗ると耳や体でその車の状態を確認してしまう
あ、いま少し足廻りからコトッていったな
今度工場に入ってきたら見てみないと
「ねーねーお兄さん!」
ぼーっとしながら車の状態に思考を巡らしていると、助手席の後ろから唐突に話しかけられた
彼女の名前は姫川友紀さん、野球が大好きなアイドルだそうだ
なんでもあの有名な球団、キャッツの試合の始球式までこなしたことがあるという
「お兄さんって、何者?」
「何者って言われても・・・」
姫川さんが運転席と助手席の間から少しだけ顔を出し、こちらを覗き込むようにそう聞いてきた
その顔は興味深々と言わんばかりに輝き、まるで子どものようだ
「こらこら友紀、そんな突然に」
「だって気になるじゃん!美城専務もあんな風に言ってさ。紗枝ちゃんも気になるよね!」
「ええ、確かに気になりますなぁ」
小早川さんが窓枠を人差し指でサッと撫でる
「あの短時間で車の中をここまで綺麗にできる腕前、只者じゃありまへん」
「そっち!?いやすごい綺麗だけどさ!」
「すまなかったなぁ、汚かっただろう?この車」
「ああ、いやいや」
確かに、車の中から色々な物が発掘された
飴玉の包み紙、ガチャポンの空き容器、空の化粧水の瓶など、他にも窓には沢山の汚れが目立ち、シートには長さが様々な髪の毛というように日頃様々な人がこの車を利用していることが見て取れた
姉さんの話では346プロに所属しているアイドルの数は100人を優に超えており、それぞれが個性を武器に様々な舞台で活躍しているらしい
「で、お兄さんは一体何者なんですか?」
それまで口を閉じていた幸子ちゃんが、おもむろに俺に向かって問い掛ける
「俺は、ただの会社員だよ」
「ボク達を助けてくれたのに?」
「おい、幸子まで。すまんなぁ兄さん」
「いえ、ただ・・・」
俺は前に視線を戻して答える
「あなたたちが歌って踊って、沢山面白い物を見せてくれてるこれからを、あんなやつに邪魔されたくなかっただけ。というか、あいつが気に食わなかった」
そう言うと、姫川さんはニヤッとした表情で言う
「へぇ、中々面白いこと言うね兄さん。てっきり下心でもあるのかと思ったけど」
「さすが''ヒーロー''さんやわぁ、美城専務がこだわる理由もわかる気がします」
小早川さんの言い回しに若干引っかかる
「ヒーローって、どういうこと?」
「あ、ああ!ほら皆さんそろそろ着きますよ!降りる準備をしないと!」
幸子ちゃんの言葉にクスクスと笑うプロデューサーを不思議に思いながら前に視線を戻すと、車はいつの間にか美城プロダクションへ到着し、巨大な正門をくぐり抜けていた
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