9/28 - ②
ジルを見送り、メアリーは一呼吸置くと隣の車両に足を向けた。しかし扉を開けると、そこには誰もいない。
「ニコライ……?」
先程ニコライはこの車両に入っていったはず。彼は"この拠点を確保する"とジルと約束していたので、ここにいてくれるとばかり思っていた。
「ああ……メアリー」
不思議に思いながらも先程までいた車両に戻ると、ミハイルが起き上がりながら彼女を呼びつけていた。
「ミハイル!寝てた方が楽だよ?」
「寝ていては、キミを守れないからな……」
メアリーが駆け寄る頃には彼は完全に身を起こし、椅子に座る。その隣に少女は腰掛け、心配そうに見上げていた。
「ニコライはいなかったようだな……市民救助に向かったのだろう」
メアリーがニコライを探していた事に気付いていたらしい。よしよしと彼女の頭を撫でて穏やかな笑みを浮かべる。
「待っているだけは退屈だな。話でもしようか」
自分も重傷を負っているというのに、ミハイルはメアリーに気を遣っているようだ。
その気遣いが余計に彼女の胸を締め付けたが、路面電車の復旧に時間が掛かるのも事実だ。
「ミハイル、"トーチカ"って何?ニコライが、ここを移動式のトーチカにするって言ってた」
だからメアリーは、その気遣いに甘える事にした。きっとそうする事で、ミハイルも気が紛れると思ったから。
先程耳にした聞き慣れない用語に、きっと軍事に関わる事なのだろうと思い彼に質問してみる。
「"トーチカ"というのは、謂わば防御陣地の事だな。"掩体壕"と言った方が伝わるかな?トーチカはロシア語だ」
ミハイルは顎を撫でながら、車両の先頭に見えるチラチラとした炎を見た。
「あの火災地帯を越えるには、この列車が必要になるだろう。これをトーチカとして使えるならば、キミ以外に生存者を発見した場合に大いに役立つ」
確かにこの広さならたくさんの人を乗せて移動が出来る。進路を塞ぐゾンビを一網打尽にする事も出来るだろう。
生存者と聞いて、1番に思い出したのは親友の顔だった。
ここにリリィがいてくれたら。
心強い味方もいるし、彼女も安心出来ただろうに。その事を思うと、途端に胸が苦しくなる。
「……親友がいるんです。でも、今どこにいるか分からなくて……ここの近くにその子の家があるんだけど、この状態じゃ……」
膝の上で組んだ両手にギュッと力が籠る。リリィの事はジルに頼んだが、どうしてか不安になる。
もし彼女がゾンビの姿で自分の前に現れたら。
きっと正気ではいられなくなるだろう。
「……キミは、その子を大切に思っているんだな」
こんな時どんな言葉を掛けてやればいいのか、ミハイルには分からなかった。ただひとつ分かるのは、まだ見た事もないその少女と目の前にいる少女の友情は確かだという事だった。
「私にも大切な妻がいる。ここで寝ているわけにはいかんのだよ……犠牲にしてしまった部下達にも、申し訳が立たない…ッ!」
ミハイルは自分達がこの街に降り立った時の事を思い出す。
D小隊総隊長として全力で駆け回り、各分隊に指示を飛ばした。だが圧倒的な数で押されてしまい、部下達は瞬く間に囲まれ次々と死体に、そして奴らの仲間に姿を変えていった。
敵の数は己の仲間と部下を巻き込んで増えていく。
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