06. 月のしずく
「この泊地の司令長官が今どうされているか……ご存じないでしょうか?」
涼月の問いに、俺は答を……一応持っている。だがそれを彼女に伝えた時の反応を思い逡巡している。さらなる希望を持たせてこの場所に執着させてしまうのか、あるいは一縷の希望を断ち切り暗澹とさせてしまうのか。俺がそもそもここにいるのは、涼月を帰還させるためだ。なら何を言うべきか?
涼月は俺の沈黙を彼女なりに解釈したようだ。思い詰めた瞳が揺れ徐々に俯き始め、ついに左側をひと房括ったさらさらとした銀髪が飾る頭しか見えなくなった。俺は慌て始めた。効果を理解した上で情報を伝え、自分の目的を果たすのに利用する……ほど俺は任務に徹しきれず、かといって彼女の抱える思いに寄り添うのは事の前後関係を踏まえれば難しい。
我ながら中途半端だと思うが、それがもたらす結果は脇に置いて、ありのままを伝えることにした。
「知っている事はあるのだが――――」
この海域に巣食う空母ヲ級改flagship、通称グレイゴースト。
人間側が特定の深海棲艦を二つ名で呼ぶのは稀だが、精鋭部隊を率いて縦横無尽に暴れ回り艦娘達を蹂躙する姿への、認めざるを得ない畏怖の結果だろう。
そんな凶暴な敵と対峙したこの泊地と元司令官の行方は、ある時点までは公式に記録されている。涼月の姉・秋月を含め生還を果たした数名の艦娘たちによる戦闘詳報によれば――――。
泊地を放棄せざるを得なくなり、嵐を奇貨として脱出を図った司令長官の座乗する母艦と護衛の艦娘六名-涼月と秋月を含む駆逐艦四名、軽空母一名、軽巡洋艦一名-に対し、グレイゴーストは追撃の手を緩めなかった。
きつい潮流に逆らい積乱雲の下をゆく部隊が、空を切り裂く雷と叩きつける雨、荒れ狂う波をやっと抜けようかという頃合い、ようやく見えた青空に浮かぶ黒点の数々……積乱雲を迂回して先回りし待ち構える、総勢一〇〇機にも及ぶ敵の大部隊。
前門のグレイゴースト、後門の積乱雲。嵐のため軽空母娘を母艦に収容していた事で致命的に遅れた直掩隊の展開、引き返し嵐の中に逃げ込もうにも巨体の母艦が確実に逃げ遅れる……そんな状況を敵が見逃すはずもなく、部隊が対空戦闘態勢を整えるより早く、猛烈な急降下爆撃の雨を降らせてきた。
攻撃を受けた母艦だが、沈むまでに多少の時間の余裕はあったらしい。この泊地に配備されていたのはLST4002、元は輸送艦である。大量の物資の搬入搬出のためランプドアやテールゲートがあり、これが爆発の衝撃波や爆風、火炎を逃す開口部となり即轟沈は免れたようだ。とはいえ到底抗し切れるものではなく、秋月が最後に見たのは、傾斜し沈みゆくしもきたの甲板から、司令長官を抱えた軽空母娘が荒れ狂う海に飛び降り、波に飲み込まれる光景だったそうだ。
残った護衛部隊は母艦しもきたを守る必要がなくなり、回避運動と対空戦闘に全力を注ぐことが可能となった。だが司令長官の救助に向かおうとした涼月は直撃弾一、至近弾二を受け艤装炎上、機関損傷。漂流し遠ざかる彼女の救援に向かう余力のある者はいなかった。残った四名は、大きな被害を受けながらも奇跡的に生還を遂げた。
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