新世界へ
最後の瞬間、死柄木さんは脳波の出力を増大させた。
死柄木さんと共鳴していた僕も、同等に出力を増大させる。
しかし、僕は押し負けて、体も完全に崩壊した。
目覚めると、何もなかった。
手も足も頭もなく、感覚すらない無の世界だ。
まず僕は自身の波長を調整し、彼の波長を探す。
彼の波長と共鳴していないから、他の波長を感じ取る事もできない。
初めて彼の波長と共鳴した時のように、自身の感覚を頼りに進んだ。
電波の周波数を合わせるように、少しずつ一致する。
すると波長が重なる度に肉体と繋がり、感覚が戻ったり消えたりする。
まるで肉体を繋ぎ合わせているようだ。
やがて波長を完全に一致させると、僕は目覚めた。
なぜか緑色の液体に浸かっている。
自身の手を見ると明らかに小さくなっていた。
円筒系のガラスケースに入れられ、チューブを接続されている。
これは見覚えのある、ドクターの研究施設にあった培養槽だ。
チューブを差し入れるために開口していた上部から、外へ出る。
左右に並んでいる培養槽に入っているのは、多数の改人脳無だった。
ここは病院の地下ではない。
窓から差し込む光が、地上と教えてくれる。
使われなくなった廃工場を利用した、脳無の生産施設だろう。
僕は通路に沿って移動し、突き当たった扉を開けた。
「おお、目が覚めたか、どうじゃ? 体に違和感はないか?」
そのセリフを聞くのは、これで3回目だ。
1回目は彼として、2回目は僕として。
今回は、どちらなのだろう。
「ドクター、彼の肉体を保存していたのですね」
「うむ、黒血の母体としてな。それらは脳無へ注入され、黒血の装甲として役立っておった。緑谷出久と黒血ーー君と脳無は、同じ血を分けた兄弟と言える」
今の僕に肉体はない。
波長によって存在を証明される脳だ。
そこから彼の脳波と共鳴し、彼の脳を通して肉体を操作している。
死柄木さんの個性によって、僕の肉体は崩壊した。
しかし、彼の肉体へ宿ったのは、どういう訳なのか。
「彼の肉体へ僕を移したのはドクターですか?」
「いいや、ワシではない。器の崩壊と共に、君と彼の波長は、波動となって拡散した。限りなく薄く広がり、そのまま消え去っていた事じゃろう。しかし、ここに、もう1つの器があった。いくつかの波動は重なって、その肉体へ収束したのじゃろう」
「そうなんですか」
「しかし目覚めるまで、ずいぶんと時間が掛かっておった」
世界は今、狂気の波長に侵されている。
人類の大半は自殺か、他殺によって亡くなっているだろう。
だから死柄木さんを倒さなければならない。
そう思って疑問に思う。
本当に死柄木さんを倒す必要はあるのだろうか?
死柄木さんは痛みを自覚し、その上で全てを壊そうとしている。
死柄木さんも苦しんでいるのだ。
だから救おう。
それは波長を扱える僕しかできない事だ。
黒血で服を形作る。
それは最後に彼の着ていた黒いワンピースだ。
もっとも黒血なので、黒の他に色はないけれど。
触れた感触も、鉄のように固かった。
「行ってきます」
そう、ドクターへ伝えた。
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