健全なる魂は、健全なる精神と、健全なる肉体に宿る
リカバリーガールの個性によって生徒は治され、肉体の傷は塞がった。
しかし、狂気の波長を浴びた脳は、それによって神経接続を生ずる。
そうして繰り返して思い出すほど神経接続は成長し、症状は悪化する。
時間の解決してくれる問題ではなく、時間の経つほど悪化するものだ。
思い出したように自殺衝動に襲われる生徒は、心の治療を受けていた。
しかし、その必要のない僕も入院している。
入院と言っても、個室の必要がなくなった生徒を集めた大部屋だ。
借りて間もない共同住宅に帰る事も叶わず、宿題を積まれていた。
最初は僕しか居なかったけれど、次に来たのは轟さんだった。
相澤先生と共にワープゲートで飛ばされ、轟さんは狂気の波長から距離を置いた。
だから狂気の波長よりも問題なのは、僕が斬り落とした片腕だろう。
「ごめんなさい、轟さん」
リカバリーガールの個性で治る範囲を超えていた。
超回復と違って、欠損は戻らなかった。
斬り落とした片腕は、崩壊してチリとなっている。
「片腕を失うくらいなら死んだ方がよかった」
轟さんの片腕を斬り落とした僕に、その言葉を否定する資格はない。
その命の価値を証明するのは、きっと、他の人の役目だ。
「うん」
「と思った事もある。だが、今は思っていない。そうだなーー悪いと思っているのなら、俺の話を聞いてくれるか?」
それは家族の話だった。
幼い頃から厳しい修行を受け、兄弟と遊ぶ事も許されなかった。
行き過ぎた修行を止めようとする母親は、父親を良く思っていない。
ある時、轟さんの半分が父親の物に見えた母親は、轟さんに煮え湯をかけてしまった。
母親は入院して、轟さんは父親を憎むようになった。
「おまえに切断されたのは母さんーーいや、母親の方だ」
病院服の右袖はフラフラと浮いている。
よく見れば轟さんの体は、重い左に傾いていた。
右腕を失った事で、体のバランスが合っていないのだ。
「どうせなら親父の方が無くなれば良かったのに、よりにもよって右腕だ。死ぬほど落ち込むと思ったが、そうでもなかった」
まるで他人事のように落ち着いて、轟さんは言った。
「母は、かわいそうな人だ。母を追い詰めたのは親父で、俺の顔に傷を付けたのは母のせいじゃない」
鏡を見るたびに、そう思っていたのだろう。
「だが、腕が無くなって、俺はスッキリした。きっと俺は、ずっと、こうしたかったんだろう」
轟さんの自殺衝動は、自身に向けられていたのか。
そうして死ぬはずだった所で、誰かに殴られて気絶した。
気絶していた所を、死柄木さんに拾われた。
「母を追い詰めたのは親父だ。でも、俺を傷つけたのは母だ。母に嫌われるはずはない。親父のせいで母は、おかしくなったんだ。だから親父のせいだ。母は俺を嫌っていないと、そう思いたかった」
轟くんの言葉に、感情が混じり始める。
それは恐怖だった。
「俺は怖かった。優しい母に嫌われるのが怖くて、優しい母に傷つけられるのが怖かった。その感情を全て、親父の責任として投げつけたんだ」
轟さんは残った左腕を握り締める。
それは痛みを耐えているようだった。
轟さんは今、自分の痛みと戦っているのだ。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/5
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク