第3話 『アインズ・ウール・ゴウン』
リ・エスティーゼ王国の都市、エ・ランテルは三重の城壁に囲まれ、城塞都市の名を冠している。
各城壁内はそれぞれの特色を持っており、軍の駐屯地として利用されたり、行政関係の要所になっている区画もある。最も多くの人間が行き交うのは、市民のためのエリアだ。所謂一般的な街と呼ばれるのは、この区画の事である。
その街の中、ポーション等の薬品を売る店が軒を連ねる通りがあった。この区画は、つんと鼻にくる匂いが立ち込めている。それは、薬品や潰した植物の匂いだった。
中でも特に匂いが濃い区画があった。そして、その匂いが最も強いのは、リイジー・バレアレの家である。
その家屋は、工房に工房を付け足して出来ていると言っても過言ではない。
エンリ・エモットは扉を押し開け、その中へと入った。
上に取り付けられていた鐘が、大きく店内に響き渡る。
「いらっしゃいま――エ、エンリ!?」
部屋の奥には、一人の少年が立っていた。
「こんにちは、ンフィー!」
ンフィーと呼ばれた少年――ンフィーレア・バレアレは、その長い前髪の隙間から、驚きに目を丸くしていた。
植物の汁が色々な所に付着した作業着を着た少年は、突然のエンリの訪問に慌てて部屋の奥から駆け寄って来た。
「ど、どうしたのエンリ? 君がこの店に来るなんて珍しいじゃないか……!」
「ごめんね、突然来ちゃって。実は、ンフィーとリイジー様にお話があって来たの。出来れば、急ぎで」
エンリの真剣な表情に何かを感じ取ったのだろう。
ンフィーレアは咄嗟に表情を引き締めると、コクリと一度頷いた。
「……何かあったんだね? 分かった。今、おばあちゃんも呼んでくるよ。っと、その前に」
ンフィーレアは入り口の扉に店仕舞いの札をかけると、しっかりと鍵を掛けた。
「大事な話なんでしょ? 取りあえずこれで誰も入って来ないだろうから安心して」
彼の気遣いにエンリは感謝しつつ、長椅子に腰掛けた。
やがて、部屋の奥からンフィーレアと共に一人の老婆が姿を現した。
彼女こそが、この街で一番の薬師と言われるリイジー・バレアレだ。
非常に高齢だが、それを感じさせない意思の強い瞳はいつも圧倒されてしまう。
「それで? 折り入って話とは一体何があったんだい?」
二人が席に着くのを確認すると、エンリは静かに口を開いた。
・
「――という訳なんです」
エンリは緊張した面持ちで全てを語った。
自分の話を信じて貰えるかは分からない。だが、自分がすべき事は果たせた筈だ。
チラッとエンリは、椅子の下に伸びる自身の影を見た。ンフィーレア達には見えない位置で、その影がぐにゃりと蠢く。だが、それも一瞬だった。次の瞬間には何事も無かったかのように、いつものエンリの影へと戻る。
再び視線を二人に戻すと、リイジーがわなわなと体を震わせていた。
何事かと身構えると、リイジーはガタンッと椅子から立ち上がり、エンリへと掴みかかってきた。
「そのモモンガ殿は、確かに『赤いポーション』を持っていたんだな!?」
「え、あ、はい、そうです!」
あまりの剣幕に「ヒェェ!」と悲鳴を上げながらも、エンリは必死で頷く。
それを見たリイジーは、興奮状態のままンフィーレアへと振り向いた。
「ンフィーレア! これはワシらに転機が訪れたのじゃ!」
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