第9話
僕は、自分が一番大事だと思っている。
自分が楽しかったらそれで良いし、自分が後悔しなかったらそれで良い。
何でも他人と合わせて、自分が我慢しなくちゃいけない状況とかは大嫌いだ。
自分の人生は一度きりなんだから、自分を最優先に考えるのが一番大事だと思う。
この考えはもしかしたら批難を生むかもしれない。
自己中心的な奴だとか、悲しい人生を送っている可哀そうな奴だとか。
……知るかよ、そんなこと。
「あの……お騒がせして悪いけど、帰っていいかな?」
だから僕はこの言葉を躊躇なく出したんだ。
この場にいても知らない女の子の印象は悪くなる方向にしか行かないだろうし、僕だって楽しくない。
それだったら何か有意義な事に時間を使いたい。
そう思ってしまうのが僕と言う人間なんだ。
「このまま追い返したら私が悪者見たいだし……香澄の友達、なんだろ?だったら入っても良いよ」
「やったー!有咲だいすきーっ!」
「ちょっ!離れろー!」
ただ現実は僕が思っていた方向に傾くことは無かった。
もしかしたら僕の考えを改めるチャンスを神様が与えてくれているのか、と一瞬だけ思ったけどそんなバカみたいな考えはすぐにくしゃくしゃにしてゴミ箱の中に捨てた。
もし神様がいるのならば、目の前でこう言いつけてやる。
どうして僕にもっと早くあの事を教えてくれなかったんだ、って。
戸山さんと有咲さんの後をついて行って、有咲さんの家と思われる場所にお邪魔した。
もしかしたら有咲さんのご両親がいるかもしれないからお邪魔します、と言って靴を綺麗にそろえてから家の中に入った。
そのまま彼女たちは階段を下りて行って、地下室のような場所にたどり着いた。
この場所には楽器が置いてあって、バンドの練習がいつでも出来るような環境になっていたけど、この場所にいるのは僕と戸山さん、そして有咲さんの3人と寂しいものだった。
「悠仁先輩を呼んだのは、実は相談がしたかったからなんです」
「相談?……それはバンドに関係すること、だよね?」
「悠仁先輩にはすぐにばれちゃうなー」
僕は優しく戸山さんが分かりやすいからだよ、と笑顔をみせた。
正直、僕が戸山さんに何かアドバイスを出来るような経験をしているかと言われれば、していない。
それに他人の相談なんて適当にそれらしく聞こえるように言えば良いだけじゃないかとも思う。
それなのに戸山さんだけは。
どうしてだろう、真剣に答えてあげたくなるんだ。
「悠仁先輩、さーやの事、覚えていますか?」
「さーやさん……。ああ、パン屋さんで働いていたあの子か」
「さーやがね?最近元気がないんです。まるで大事な人が突然いなくなっちゃったような感じで……」
僕は少し胸がキュッと摘ままれたような感覚になってしまって、一度だけ深く息を吸った。
僕もこの年ですでに父親との別れを体験しているから、そういう話題には昔、心にできた傷がちょっとずつ染みるように広がっていくのが分かる。
「バンドに関係ない人にこんな相談をするのは申し訳ないんですけど、私たちだけでは難しくて……」
有咲さんは少し目を伏せながら、僕に申し訳なさそうな声を掛けてくれた。
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