ハーメルン
うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる
将棋電脳戦

(……ああ!もう分かった!指せば良いんだろ指せば!)
『ようやく素直になりましたね。マスターはそれで良いんですぅー』

対局開始から、31分40秒後。ようやく大木は初手を指した。1筋の端歩を突くという、奇襲戦法以外では見られない手を。

ここまででも十分に事件だったが、この後の数手もさらに事件だった。大木が指す度に会場はどよめき、聞き手役の女流棋士は考えることを止め、九頭竜に解説を丸投げする。

「……これ、解説出来るかなぁ」
「が、頑張って下さい。九頭竜先生なら出来ます」

初手1六歩の後、大木はノータイムで指し続ける。3手目9六歩、5手目5六歩と大木の将棋は解説が困難な将棋となっていた。7手目に5八飛車と飛車を振ったことで、会場は大いに盛り上がる。生粋の居飛車党の大木が、飛車を振ったからだ。居飛車こそが正義となっている、ソフトを相手に。

「ええっと、解説をするなら中飛車で居玉という、両方の端歩を突いたメリットをことごとく潰す手を指していますね。一応9七角と上がる手はありますが……おそらくこれは、ソフト相手に先手番は要らないという大木六段の決意表明ではないでしょうか。中飛車に関しては、指している姿を見たことが無いので未知数です」

九頭竜は、大木が中飛車を選択した姿を見たことが無かった。もちろん、会場にいる客達も同様だ。ただ1人、大木の弟子を除いて。

「……ソフト相手に平手で指す時は、ハンデとして飛車を振っているのが日常だなんて普通は考えられないわよね」

もちろん、こんなことを続けていれば評価値はガタガタになる。しかし序盤の数手だけでは、そこまで評価値が落ち込むことは無かった。そして不思議な事に、盤面が進むに連れて大木の評価値は回復していった。ソフトは常に、ソフトの示す最善手を指しているのにだ。

そして60手目。ついにソフト側の評価値がマイナスとなった。ソフト側は時間を使って深いところまで読み、指し手を選択しているのに対し、大木は初手以外、時間を使わずに指している。

持ち時間は互いに5時間だが、両者ともにそれほど持ち時間は消費せず、終盤に差し掛かる。大木の消費持ち時間は32分なのに対し、ソフト側は1時間19分の消費。互いに5時間の持ち時間のことなど、目に入っていなかった。

決着は昼前だった。大木の勝負手で、ソフト側の評価値が一気に150ほどマイナスになる。ソフト側は最後に大木の陣形を攻めるものの、崩すことすら出来なかった。最終局面では、天と地ほどの差が出来ていた。

大木の勝利は大々的に報じられ、まだ将棋ではソフトに人間が勝てるものなのだと多くの人間が誤解をした。一週間後に行なわれた第2局では、大木が後手番で快勝。世間の注目を集めた将棋電脳戦は、大木の2連勝で幕を閉じた。

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