ハーメルン
うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる
多面指し
天衣との指導対局は週3回というペースだからわりと頻繁に顔を合わせるけど、指す度に天衣は強くなっている。四段の6面指しは運良くクリアしてしまったみたいで、今は五段のアカウント作りに苦戦中の模様。この五段のアカウント作りの最中も7面指しだし、非常に辛い作業だと思う。
「師匠は、何面指しまで出来るの?」
「50面指しで、最近の相手はもっぱらソフトだな」
「ソフト相手に、50面指し……?それで、勝てるの?」
「前までは香落ちだったけど、最近は角落ちにしたら途端に勝つのが難しくなったよ」
俺の言葉に、天衣は半信半疑だったので実戦してみせる。とりあえず手持ちの分だと10面しかないけど、全部角落ちで良いかな?
『角落ちでの勝率、最近は8割まで来ましたからね。10面程度なら勝ってみせます』
(よーし。じゃあ行くぞ)
基本的にソフトは、指し手が速い。そしてアイも、即座に指し手の指示をしていくので全ての試合がノータイムで目まぐるしく変化していく。もはや曲芸の域だけど、50面だと腕と手が途中から疲れてくるんだよな。やっぱり10面ぐらいがちょうど良いし、天衣も10面なら追えるんじゃないかな。
夜叉神天衣は、最初目の前の光景が信じられなかった。どの局面も大木の角落ちから始まり、ソフト側は同じような手で大木を攻め始める。
それに対し、変化を付け始めるのは大木からだった。僅かな変化が、局面にうねりを呼び、混沌と化していく。ソフトがノータイムならば、大木もノータイム。全ての局面を目で追うだけでも天衣は精一杯だった。
そして戦局は徐々にどれもが大木に傾いていく。一度崩れた均衡を、大木が見逃すはずもなく、次々と対局は終了していく。10面全てで、大木の勝利となった。
「……凄い」
現役最強棋士のレーティングが2000程度だとしたら、ソフトのレーティングは3000とも4000とも言われる。そのソフトを相手に駒落ちで、10面指しで勝つという非現実さは、天衣の口から称賛の言葉が漏れ出てしまうほどだった。
「天衣はまだ、見えてないよな?」
「何が?」
「勝手に駒の動きが見えたりとか、詰みまでの手順が浮き上がって見えたりとか。
その様子だと、まだか。それならまず、見えるようになるところからだな」
唐突に、大木は天衣の状態を確認する。所謂将棋の才能と呼ばれる奴で、一部の人間は読まずとも手順が分かる。そのようなことを天衣は出来ないため、震える声で大木に聞いた。
「……そんなこと、出来るようになるの?」
「世の中の事象には、必ず理屈というものがあるからな。将棋の才能と呼ばれるものの正体も、その身に付け方も、俺は知っているし教えるつもりだ」
天衣の問いに対して、自信満々に答える大木。もはや「俺は将棋の全てを知っている」と言っているのと同じであったが、不思議と天衣は納得させられてしまった。
「で、だ。その方法の一部を教えておく」
「そんな簡単に、教えても良いの?」
「当然。だって真似出来る奴はほとんどいないだろうしな」
「……それじゃあ、意味が無いじゃない」
「ああ、この方法を真似することに意味はない。だが、手がかりにはなるはずだ」
大木はここで言葉を区切り、天衣に聞く。
「完全記憶能力って知っているか?」
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